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『切通しの笛吹き男』

切通しの奥から奇妙な集団が近づいてくる。
先頭を歩くピエロ姿の男が笛で奇妙な調べを吹いている。
黄色と緑と赤の奇妙な衣装に黄色いタイツ、尖った帽子。
(ハーメルンの笛吹き男だ)
私はそう直感した。

「こんにちはー、今日はいい天気ですね」
顔が見えるほどのところまで近づくと、笛吹き男が声をかけてきた。
奇妙なほど高い声だった。
どこの国の言葉なのかわからないというのに、私には笛吹き男が何を言っているのかがわかった。ニュアンスや表情から想像したのではない。笛吹き男の言葉と私の知っている言葉は違うのに同じだった。

「気持ちのいい日ですねー」
私はハイカーがすれ違いざまに交わす挨拶と寸分違わぬ返事をしていた。
他に訪ねるべきことはいくらでもあった。
ハーメルンの伝説の男なのか、どこからどうやってきたのか、これからどこへ行くのか。だが、それを口にしようとしても言葉が続かなかった。
口を動かないようにする魔法をかけられたように、口が開いたまま動かなくなった。
「それでは良い一日を」
笛吹き男はにっこりと笑って先に進んでいった。
笛吹き男の笛の音に合わせて楽しげに歩いていくのは、汚れて土の色と区別がつかなくなった布をまとったたくさんの老人たちだった。
老人たちに話しかけようとしても、魔法で口が動かなくなる。
頭の中には解けない疑問ばかりが積み上がっていく。
気がつくと私は笛吹き男に先導される老人の列のいちばん後ろについていた。

ハーメルンの笛吹き男と、先頭の何人かが切通しの途中の大きな岩に吸い込まれるように消えていくのが見えた。
列に続く私の足はもう止まらなくなっている。

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