chatGPTと遊んでたら、昭和のプログラマ「あるある」を思い出した
むかしむかし大昔、もう30年ちょい前?
昭和の時代に、プログラマやってました。
プラグラマになった理由は、
ものすごく人見知りだったから。
プログラマって仕事なら、人とあんまり接しないのでは?
という、大きな勘違いから。
令和の今ならわからないけど、
昭和の時代に、人と接しないで仕事ができるはずないよねー。
職場は、関東にある某メーカーの工場の中。
ソフトウェア開発部門エリア。
昭和の時代にプログラマの仕事をしてた人なら
そうそう!懐かしいねー
と言ってくれると思うけど、
当時は、各デスクにパソコンなんてものはなくて
数十人の部署に、数台の「端末」が置かれていただけ。
(あ、他の会社の職場見たこと無いや)
と、いまなら思われるかもしれないけど、
プログラムは、紙に書いてたの。
うん、比喩ではなくてね? リアル紙に鉛筆で書いてた。
当時のプログラムを書く作業はこんな感じ--
(わたしの職場の場合、だけどね)
みたいなね。
そして、入力してもらったプログラムを実行できるのは
1日に2度(わたしがいた職場の場合は、ね)。
朝に実行してもらえたら、
その結果は、昼に紙に書かれて戻ってきて
結果が大丈夫なら、次のステップへ~。
バグがあったら、直して、次の実行タイムにテストして~
みたいなね?
そんなスピードだから、
そりゃ仕事も、毎日0時過ぎまでかかるよね!
ちょこっとの修正は、部署に数台ある端末からできたけど、
あの黒い画面に緑の文字の端末。
映画「マトリックス」のようなカラーリングだったよね。
その端末周りには
「飲み物持ち込み禁止!」
って書いてあったな。
今みたいに、PCそばにドリンクがあったりしたら
めっちゃ怒られる。
以前のプログラムの一部を流用をする時は、
ファイルしてあるプログラムをさがしてきて。
あ、ファイルって「紙」のね。
それをコピーして。
あ、コピーって、
Ctrt+Cじゃなくて、物理的なコピーの方ね。
それを、必要なところだけカッターで切って、
新しいプログラムの必要箇所に貼り付けるの。
糊で。
リアルコピペだよね。
なので、カッターとカッター台とノリは、
プログラマの必須アイテムだったよね。
懐かしいー!
って、そんなことを、chatGPTを使いながら思い出したりした。
あの時代から30数年たつと、
会話でプログラムを作れるようになるなんて、
すごいよね!夢みたい。
プログラムと言うか
「こんなことをしてくれるものを作りたいんだけど、
なんのデータが必要かな?
どういう流れだと、スムーズに進めるかな?」
みたいな感じで、GPTと相談しながら作れたりするもんね。
(いや、さすがにこれはゆるすぎ例だけど)
chatGPTで、ちょこっとGPTsを作ったりしているけど、
これって、
会話力?のある人が向いているんじゃないかな?って思ったりもする。
新人社員とかに、
仕事のやり方や流れをわかりやすく教えて人材育成ができる人
は、AIたちとの相性がいいのでは?
なんて思ったり。
昭和から令和でこんだけ変わったのなら、
この先の30年後は、どんななんだろう?
存命中に、AI搭載人型ロボットが家庭にくるかなー
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