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ぱやちの『地球が丸くなくて本当に良かったよな』作品レビュー

シンガーソングクリエイター、ぱやちのさんの初作『地球が丸くなくて本当に良かったよな』の作品レビューを書きました。DIYなサウンド・プロダクトと、本人の低血圧なボーカルスタイルがとても良き融合を果たしているインナー・ベットルームポップです。2023年1月11日リリース!

【作品レビュー『ぱやちの/地球が丸くなくて本当に良かったよな』】

『ぱやちの/地球が丸くなくて本当に良かったよな』ジャケット



「祈りは言葉でできている。言葉というものは全てをつくる。言葉はまさしく神で、奇跡を起こす。過去に起こり、全て終わったことについて、僕達が祈り、願い、希望を持つことも、言葉を用いるゆえに可能になる。過去について祈るとき、言葉は物語になる」
――舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』より


“ぱやちの”にとって創作活動とは祈りだ。その祈りとは、言葉に対する絶対的な信頼と信奉から導き出されるものである。少女性の塊のようなファッションで参加した「ミスiD2020」のカメラ審査において、彼女の口から捲し立てられたのは、日本語に魅入られ、その存在価値を伝えようとしながらも、コミュニケーションのツールとしてそれをうまく活用できない者としてのもがきであった。

コミュニケーションは苦手でも、言葉を使って自分の思いを焼き付けることは可能だ。彼女は詩を綴り、物語を編むことで、一方通行、かつ間接的にだが第三者に訴えかける手段を手放さなかった。それは高校教師という聖職を捨ててまで、Twitter アカウントで「つぶやき」の場を守ったことからも明
らかである。そして彼女は詩のみならず、イラスト、そして、音楽でも言語表現の追求を行っている。

『地球が丸くなくて本当に良かったよな』は、そんな彼女がコツコツと一人で創り上げた楽曲群を中心にパッケージングした作品だ。


今回収録されている6 曲のうち5 曲は、2020 年から本人のYouTube チャンネルにて断続的にアップされていた約30 曲程度の既存楽曲からセレクトされたもの(※今回の収録曲は一旦、削除されている)。
これらは、“ぱやちの”がGarageBand+Domino(MIDI 編集ソフト)で制作しているオリジナル楽曲で、ダンス~ディスコティックなシンセ・ビートのサウンドではあるものの、朴訥で低血圧なボーカルスタイルもあり、どことなく不穏で退廃的な雰囲気に包まれているのが特徴である。彼女は自身の音楽ルーツとして、バンド“たま”や“谷山浩子”、『NHK みんなのうた』で流れていたような寓話性の高い楽曲を挙げており、オープニングナンバー「ケイリョウかっぷ」にはその影響を感じさせる。一方で、「蜃気楼」や「掃除が趣味の奴」で見せる流麗なラップ、アタックの強いビート、展開の多さなどには、彼女がフェイバリットとする“SOUL'd OUT”(3 人組ラップユニット)や、一時期かなりハマっていたというボカロP 系音楽への愛情も示されていると言えるだろう。また、CD・配信化にあたってリマスタリングは施されているが、アレンジやトラックは当時制作したものを差し替えず、オリジナルのままで収録している。決して音質が良いとは言えないが、彼女は曲に込め
られた世界観を踏まえた上で、敢えてLo-Fi な手触りを残す決断をした。その意図について、“ぱやちの”はこう答える。

「思い出は鮮明じゃないから」――と。

曲先によって生まれる歌詞も、普段の詩作とはまた異なる音感、語感にこだわったものとなっている。「蜃気楼」には歌詞カードにおいて“縦読み”ができるようなギミックを加えたり、ラップ・ソング「掃除が趣味の奴」では、英語、フランス語も交えた言葉遊びもあったりするのが楽しい。ちなみに5 曲目のミディアムバラード「遠くに箱舟」(※1)のみ、神田桂一・菊池良コンビによる作詞(一部セリフは“ぱやちの”の手によるもの)、泉水マサチェリーによる作・編曲。他の5 曲に比べて声を張った歌唱にチャレンジしており、アルバムの中でも一際異彩を放つ。

来年にはライブも決まっているが、「音楽“活動”にはあまり興味がない」という“ぱやちの”。日本語は好きだが、対人コミュニケーションは得意ではないし、人間自体には興味を持っているが、実際に会うのは嫌いだという。そうしたアンビバレンツな感情に向き合いながら、歌という形に落とし込んでいったのが本作である。

作品を作ったからといって、アンビバレンツな、矛盾はすぐに解消されるものではないだろう。では、何のために歌を歌い、歌詞を作るのか。言葉が持つ力が、祈りになると信じているからではないだろうか。
祈りが勝手に道を示すわけではないが、それは生きる糧にはなるのである。

“ぱやちの”にとっても、そして、あなたにとっても。

森樹(編集者/ライター)


タイトル:『地球が丸くなくて本当に良かったよな』
収録曲数:全6曲
01.ケイリョウかっぷ
02.往来
03.蜃気楼
04.掃除が趣味の奴
05.遠くに箱舟
06.MPD
発売日: 2023年1月11日(水)
フォーマット:CD
規格品番:PAYACHIR-0001
JANコード:4997184171298
価格:¥2,200(税抜¥2,000)
発売元:Payachino Records / Recoba Co., Ltd.
販売元:Tower Records Japan Inc.

<ぱやちのPROFILE>
大学卒業後、高校教師を経て、2019年に講談社主催の「ミスiD2020」にエントリー。「ミスiD2020」公式You Tubeチャンネルで公開されたカメラテスト(自己PR動画)が95万回再生(※2022年12月現在)され、当時、審査員を務めた佐久間宣行氏(テレビプロデューサー)や吉田豪氏(プロインタビュアー&プロ書評家)から高評価を得る。
同じく「ミスiD2020」の審査員を務めた大森靖子氏の5thアルバム『Kintsugi』(2020年12月発売)の収録曲「堕教師」は「ミスiDを受けに来た、ぱやちの」をモデルにした曲であるとご本人がインタビューで答えている。女優の橋本愛氏が出演していることでも話題となった同曲のミュージックビデオにて、教師役を演じる大森靖子氏の風貌(髪型&メガネ)がどことなく、“ぱやちの”本人に似ているということでも一部で話題となった。最終的に「ミスiD2020賞」、「文芸賞」、「たなか(元・ぼくのりりっくのぼうよみ)賞」を受賞。
また、詩集、歌詞における圧倒的なワードセンスやそれを表現する喋りが一部のユーザーに評価され、「コミティア」や「文学フリマ」等の同人誌イベントでは毎回数百部用意した詩集が完売。また、2020年からはシンガーソングライターとして積極的にオリジナル曲を自身のYou Tubeチャンネルで発表、同時にボカロPやアイドルグループに作詞提供も開始している。

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