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『千夜千字物語』その14~来客

「ピンポーン」
呼び鈴を押すと奥からしわがれた声で返事がした。
「しめた、ばあさんだ」
スーツ姿の男がそう言って玄関で待っていると、
想像通りおばあさんがドアを開けた。
男はこの初顔合わせの瞬間に神経を集中させる。
容姿や態度、男を見た表情などで
相手の人物像を分析する。
「どなたかな?」

男は空き巣犯。
後で入れそうな家を物色するため、
営業マンの装いで家を訪問している。
しかし、時と場合によっては
そのまま実行に移すこともしていた。

「久しぶりー」
「えーっと…」
男の顔をまじまじと見て思い出そうとするが
なかなか思い出せないでいると、
「孫のケンイチだよ」
と男が言うと、
「そうかそうか。よう来たなぁ」
疑う様子もなく家へと招き入れた。
「お茶でも飲むか?」
そう言って曲がった腰に手を当てながら
ゆっくりと台所へと行った。
男はおばあさんの目を盗んであたりを物色し始めた。
仏壇や洋服ダンスを調べまくってみたが
1階には特に金目のものがなかった。
(はずれかな?)
とりあえず用を足そうとトイレに入ると、
突然人影と共に口を封じられ、
何か凶器のようなものを首に押し付けられた。
「声出すなよ」
その男は耳元で低い声で囁いた。
(やば、先客がいたんだ。
 同業者であることを知らせなきゃ)
そう思い、口を覆っている腕を軽く叩き、
何とかわかってもらおうと身振り手振りでアピールした。
先客の男はそれを見てなんだか様子が違うと思い、
覆っていた手をゆっくり放した。

互いに同業者と分かり情報交換をしてみたが、
やはりこの家には金目のものがなさそうということで
このまま退散しようとトイレから出ようとすると、
呼び鈴が鳴った。
「警察でーす」
二人は見つめ合い硬直した。
おばさんが玄関に出ると、
「巡回に来ましたー。
 変わったことはありませんかー?」
「特にないねー」
二人の来客のことはすっかり忘れているらしい。
「上がってお茶でもどうかね?」
と、お巡りさんまで招き入れた。
(今だ!)
その瞬間を逃さず二人は玄関を出た。

お巡りさんが居間で寛いでいると
そこへ空き巣犯の男と一緒に警察官が乗り込んできた。
腰の警棒に手をかけながら居間で寛いでいるお巡りに
「どこの交番だ?」
と言った。
お巡りは観念して空き巣犯だと白状した。

男が空き巣犯だと知らない警察官は
知らせてくれた男に礼を言うと
「よく偽警官だってわかりましたね」
と尋ねた。すると男は得意気に
「見分けがつかないようじゃ、
 商売できませんから」

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