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大和由佳 インタビュー 「両掌に溜まる絵具のイメージ」

アーティストの活動の端緒となるような経験=〈驚き〉に焦点をあてるインタビュー・シリーズ企画。アーティストが関心を持っている場所を訪ねて、話を聞きます。第1弾は、アーティストの大和由佳さんとともに「国立療養所多磨全生園」(東村山市, 東京)を訪問し、インタビューを行いました。

大和由佳さんは、これまで地面に垂直に自立する「杖」をモチーフにした作品を、各地で数多く手がけてきました。また、「染める/洗う」という行為に自身の問題意識を重ねてつくりつづけてきています。本インタビューではその動機のありかや、表現することの両義性、そして人間が生きることそのものへの眼差しについて語られています。

(企画編集:西本健吾)

1. 素材が語るもの — 積まれた土と杖

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『cane』(ジュネーヴ,  2013)

——まずは、今回「国立療養所多磨全生園」(以下、全生園)を訪問先に選んだ理由についてお聞かせください。

全生園の敷地内にある「国立ハンセン病資料館」に勤めている友人から紹介してもらい、それ以降ずっと気になって繰り返し訪れてきました。なかでも一番気になっているのは「望郷の丘」という場所です。ハンセン病の患者を強制的に収容した園には、かつて逃亡防止のための深い「堀」がありました。それは戦前、患者たち自身によってつくらされたものでしたが、そのときに出た土と、雑木林を農地にするために掘り起こされた木の根を積み上げたことでできたのが「望郷の丘」です。彼らはこの丘にのぼり、全生園の外の景色を眺めながら故郷を想って涙したというエピソードが残されています。

いまのわたしではこの丘について、なにか表現につなげることはできていません。ただ、素材自体が変身し意味が全く変わるということが、なにかが形をもって姿をあらわすときには生じうるということを、常に意識しておきたいと思っています。それは美しい素材で美しいものを作るとか、目的や結果にぴったりの素材をみつけてくるというのとは全くちがうことなので。

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(大和さん撮影による「望郷の丘」)

——「素材」に向きあう点でいうと、大和さんは活動当初から「杖」をモチーフに作品を制作してきています。その魅力はなんでしょうか。

たとえば、2013年のインスタレーション作品『起伏についての日録』(中之条ビエンナーレ, 群馬)や、スイス・ジュネーヴでの滞在プロジェクトの成果作品《Knocking on the Land (cane)》(『COLLECTING TIME』展, The Espace Cheminée Nord, ジュネーヴ, 2014)では、それぞれ100人を超える方々に依頼し、杖のみが自立しているような写真を撮影してきました。これらのプロジェクトについては、その杖を持っている人のエピソードとか歴史とか、そういうことは伏せて見せるようにしています。もちろん、わたしにとってほとんどが一期一会となる路上での撮影で、応じてくれた人たちとのやりとりは忘れがたいものがあります。けれど、わたしは杖の持ち主がどういう人かということ以上に、杖が自立しているというその状態が別のなにか物凄いことを語っているように思えてならないんです。

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『cane』(中之条町, 2013)

美術の分野では垂直とか水平っていろいろな語られかたをしていると思うんですが、人生の時間のなかで、いわゆる自立した時間を表す動作として「立つ」ということがあり、それをなんとか維持するために杖という道具があるということに強く惹かれます。人が立っていられる有限の時間を少しでも長引かせるための道具が、わたしには人間が生きようとすることへの、あるいは自立への、激しいこだわり——そこには自立を強いられているということもありますけど——を象徴するものにみえる。また、権力や魔力など、「力」の象徴となる杖もあります。杖は弱者と強者、双方のそばにあらわれるという多面性も興味深いところです。

2. あらゆるものは濡れて、乾いていく — 傷つきやすさの連帯と両掌に溜まる絵具のイメージ

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(インタビューの様子)

——杖と並んでもうひとつ、大和さんには「洗う」「染める」という行為に着目していることも作家性のひとつとして特徴的ですが、これはどういった理由なのですか?

関心をもったきっかけは、絵が濡れて乾いて完成するということとの関わりがもう絶対あると思います。わたしは大学に入って結局、1、2枚しか絵を描くことができなかったんです。画面に向きあって、なにが「絵」となるのか、またそのことを決める基準とは何なのかを考えると、筆が止まりました。そして、なにか描けたとしても、絵が乾いたら死ぬと思っていたので。絵が完成して乾いたらもうそれ以降、変えられない。それはもう死でしかない、生きていないという実感があったんです。とはいえ死から始まるのが絵なのだと思ってもいたため、悪い意味とも捉えていなかったのですが、自分で描くときには葛藤がありました。

そもそも、人もびしょ濡れで生まれてくるじゃないですか。そしてだんだん乾いていく。あるいは植物の生育でも食べ物の加工でも、水分量の調節が大切です。あらゆるものは、一度濡れて乾いていくっていう感覚がわたしのなかにあります。


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『フラフ、川揚る』(《RAM PRACTICE 2020 – Online Screening》, 2020)

布をモチーフに選ぶことが多いのは、それが人みたいだからです。人の皮膚みたいだからと言ってもいいかもしれません。もちろん画布、絵のことを引きずっているということもあるけど、濡れているその襞とか、布が乾いてパサパサになることが、人の身体やその一生と関係している感じがします。少なくともモノは触るだけで痛む。作ることは痛ませることだと思っています。よく思い出すのはセロハンテープをひっぱったときに指紋がつく状態です。そして、指紋がついていない状態にするために永遠にセロハンテープを切りつづける。作ることは指紋を残ってしまうとわかっていながら触ってしまう、その感覚に似ています。

——「痛む」こととの関わりでいうと、大和さんはご自身のウェブページで、医療社会学者のアーサー・W・フランクの『傷ついた物語の語り手』(The Wounded Storyteller: Body, Illness, and Ethics.)から「病む人は、病いを物語へと転じることによって、運命を経験へと変換する。身体を他の人々から引き離す病気が、物語の中では、互いに共有された傷つきやすさの中で身体を結び付ける苦しみの絆となる」というセンテンスを引用されています。とても印象的でした。今日のお話とも通底するものがあります。


わたしはこんな文章を初めて読んで、深く理解できたわけではないけど、まさに感じていたことを語ってくれたと感動しました。人間はそれぞれが異なる身体をもつことで、外から価値づけられ、隔たりが生み出されます。けれどだからこそ、傷つきやすい身体があるってことだけが、わたしたちが一緒に生きる、共にある理由になるというか、そこしかないというか。同じくらいのお肉の柔らかさを持っていること以外、一緒に考えられる条件がない。もともと、生きているだけで傷つきやすい。

3. 「できないこと」に向きあいつづける — 不可能なものとしての芸術

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『インク、ケチャップ、漂白剤』(VIENTO ARTS GALLERY, 群馬, 2019)

——そもそも、大和さんは絵画になぜ関心を持ったのでしょうか?

決定的にこの道に進もうと思ったのは、高校進学にあたって、親にどう生きていきたいのかを問われたときです。絵を描くことだけが、やってもやってもなにかが足りないと思えることでした。数学者でなんでも論理的に考え話す父親が、美術については揺らぎがあることも不思議で、面白かった。それで絵塾に通うようになって、のめり込んでいきました。

その絵塾には、とにかく毎日絵を描きつづけてうまくなりたいわたしのような人だけでなく、もっと精神的に自由な人もいて楽しかったです。そんなある日、先生が、アメリカを代表するリアリズム絵画の画家、アンドリュー・ワイエスの話をしてくれました。ワイエスはウマすぎてあっという間に描けちゃうから、テンペラというものすごく縛りが多い、描きにくい手法を選んで描いてるんだという話をされて、びっくりしました。そのときに予感したのは、美術は才能とか技術とかを謳歌するものではなく、むしろできないことについてずっと向きあいつづけるものだということです。できないことが自分のなにか深いものを引き出してくれる、そういう方法として選ばれるものなんだと予感しました。一枚の絵にかける時間を意図的に引き延ばすことで、自分の中から不可能に抗おうとするなにかが出てくるのを待つ時間を作るというのは、絵を描いていない今でも意識しているかもしれません。


今ちょっと思い出したのは、学生時代に、広げた左右の掌の小指側をあわせた時にできる溝にわずかに絵具がたまっている、というドローイングを描いたんです。それについて師であった画家の宇佐美圭司さんに、これが絵を描き出すときの最初の線であるというふうに説明しました。両手があわさらないと生まれない線だけど、そのあいだは両手がまず使えない状態。その不可能性が表現だと考えています。絵を描くことは、自分の描きたいものを描くとか見たい風景を描くということではなく、溝があってそこに溜まったものを目にすることだ、というような考え方でいくと、布が川で濡れて色が変わった、くらいでもすでに注目すべき多くのものに溢れかえっているように感じちゃうんですよね。


——これまでは人間性のある意味ではポジティヴな側面があつかわれていたのに対して、2019年の個展『インク、ケチャップ、漂白剤』(VIENTO ARTS GALLERY, 群馬)では、隠蔽という、人間の避けがたい習性でありながら暗い側面を「汚れ」として焦点化しているという印象を持ちました。この作品では、政府による公文書改竄問題をうけて、自身の確定申告用のレシートや領収書にマーブリングを施して額装した作品と、パフォーマンスをお客さんに購入してもらい、レジから出てくるレシートにその場でマーブリングを施して手渡すという作品を発表しています。本作もそうですが、近年、大和さんはインスタレーションだけでなくパフォーマンスを作品の一部に組み込むようになってきています。

折元立身さんというパフォーマンス・アーティストの『26人のパン人間の処刑』(川崎市岡本太郎美術館, 2017)という作品を観たんですが、ものすごいびっくりしました。パワーが凄い。もちろんわたしは折元さんとは異なるパフォーマンスをしています。彼はすごく人間を「見せて」いるから。わたしはあくまでも、杖とか布とかレシートとか、日常的に使われるようなモノに働きかけることで、モノがもつ深いレイヤーを語らせて、それを鑑賞者が引き受ける、という状態を目指しています。だからあまり自分を見せているつもりはなく、あくまでもモノの変化がなにを語るのか、ということに興味があります。


人がひとり、パフォーマーとしているというのはやっぱり面白い。人間が人間を見るときに伝達されるものの量は圧倒的です。でも、自分も含め生身の人間というのは要素が多すぎて、わたしには扱いきれないみたいです。わたしは生身の人間によるコミュニケーションとは異なるものを発生させさたいと思っています。杖とか布っていう日常的なモノを扱うことからは、ある種の人間性が抽出されます。杖なら「立っていること」、布なら「濡れて乾くこと」。そして、抽出されたものごとが、鑑賞者の生身の身体のなかで再生されるようなパフォーマンスを試みています。そこで初めて抽出されたものが、なにを表しているかがわかる。海水から塩を作って、それがどんな味かは、誰かの舌にのせてはじめてわかるというか。演じるわたしの身体はモノが語り出すためのきっかけとして、鑑賞者に向けて送りだされれば十分だと思っています。

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『束ねと解け』(Gallery HAM, 愛知, 2018)

——最後に、現在取り組んでいるプロジェクトについてお聞かせください。

杖の作品についてのアーカイヴ・サイトを作ろうと思っています。将来的には本にしたいんですけど。最近、自分が作品やプロジェクトについて短く説明することに慣れてしまっていることに危機感を抱いています。いま一度、これまで撮影してきたものや、杖にわたしがなにを見出しているのかということを整理して、総合的に収めることができるようなプラットフォームになることを目指しています。


——大和さんによる杖の写真は、杖を使う人間ではなく杖そのものがそこに立っているかのような一瞬を切り取っています。芸術表現における不可能性を自覚することを通じて見出されたこの表現手法は、杖と人間の関係を反転させることで、改めて人間性を問い直すことにつながっているように思いました。パフォーマンスとは別に、これまでの数百枚におよぶ大量の集積と対峙することで、杖による人間性の抽出という試みがまた新たに展開される予感がしています。本日はどうもありがとうございました。

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インタビュー日:2020年8月31日
撮影:倉谷 卓(写真家, RAMインターン)
編集協力:和田信太郎(RAMディレクター)
バナー作成:レーズン(Video and Game Maker, RAMインターン)
企画編集・インタビュー:西本健吾(RAMリサーチャー)

大和 由佳(やまと・ゆか)
アーティスト。愛知県生まれ、埼玉県在住。関東を拠点にしながら、日本各地やスイス、韓国などの国外を訪れ、その土地の手仕事や植生、出来事、物語などから着想を得て、実験と観察を大切にしながら制作をしている。絵画に学んだことを土壌としつつ、インスタレーション、映像、写真、パフォーマンスなど、テーマや環境に応じて多岐に渡る。また、個人が所有していたり、博物館で所蔵していたりする「杖」を撮影するプロジェクトを継続中。武蔵野美術大学造形学部卒業、京都市立芸術大学大学院修士課程修了。

http://yamatoyuka.com

※本企画は東京藝術大学大学院映像研究科が主宰する「メディアプロジェクトを構想する映像ドキュメンタリスト育成事業」(RAM Association: Research for Arts and Media-project)の協力で行われました。



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