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「素顔の私をさらけ出す」―オープンなインタビューがもたらす新たな可能性


「いつかさんの真実-CHIHIROとのコラボで初めて聞くあの時の話」



いつか(以下い)
今日はこのスタンドFMでコラボ収録をしていきます。コラボの相手はことば作家のCHIHIROさんです。よろしくお願いします!


CHIHIRO(以下C)
はい、よろしくお願いします!
い:
この企画は、まずはスタンドFMというラジオでしゃべり、それをnoteで文字にして残すというものです。これまであまり過去のことや自分の経歴を残せていなかったので、私の過去の話を中心に、取材をしていただきます。
C:
はい。私がインタビュアーとして、いつかさんのお話を聞きながらいろいろな過去の話とか、いつかさんの思いを引き出していけたらなと思っています。よろしくお願いします!


〈パリ進出を決めた瞬間〉

C:
まず、いつかさんの現在のことを伺っていきますね。今はネイルサロンのお仕事がメインだと思いますが、最近はパリにもいかれてますよね。どういった働き方になるんですか?
い:
今は、お店でネイルなどの施術をすることはほとんどなく、外と中をつなぐのが私の役割です。例えば今日はこの収録が終わったら、次はZoomでフランスの方と打ち合わせがあり、その後は海外に仕事を繋ぐ日本の企業の人たちと打ち合わせして、その後テレビの収録があります。こんな感じで、外部と『イツカキットデザイン』を繋ぐ仕事が私の現在の働き方ですね。
C:
施術から一歩引いたのはいつ頃ですか?
い:
2022年の6月です。わりと最近なんです、まだ1年も経ってないですね。
C:
それは、自然にそうなっていったんですか
い:
いえ、そうしようと決めました。それがちょうど初めてパリに行くタイミングだったんです。わたしが担当するお客様もたくさんいたので、それまで、1週間も自分がお店を空けることはなくて。パリに行く間、他のメンバーにお店をお願いするのをきっかけに、今後はその形に変えていこうと決めました。
C:
その時ってやっぱ結構、一大決心なんですか?
い:
一大決心でした。そもそも1週間もお店を空けることにも勇気がいりましたね。『イツカキットデザイン』をオープンした2017年から、基本的には365日お店にいるって決めていたので。
C:
そうなんですか!?
い:
商業施設のなかにあるのでほぼ休みもないですし、ずっといましたね。一瞬でも1時間でもいました。何か仕事が違う場所であっても、ちょっと寄ってから帰ったりとか、先にお店にちょっと行ってから東京出張に行ったりとか。「怖い」がくるからです。でもそれはよくないのかもなんですけど(笑)
C:
そこはやはり、経営をされてる方の意識の違いという感じですね。
い:
今となれば、他のメンバーもいるし、任せればよかったのにって思うけど、そのときは“自分が自分が”って思ってたんだなと思います。「ちゃんとやる」=「お店に行ってお店の仕事をやる」というふうに、自分の視野が狭くて。仕事はお店の中にしかない、現場でネイルをすることが仕事って思ってたのかもしれないですね。
C:
そんないつかさんが、2022年の6月にパリに行くという決断をして、1週間空けるまでにどういう変化がありましたか。
い:
パリを目指してみようって思ったのが2022年の2月だったんです。その時、すごい嫌なことがあって。その瞬間にそれを思いついたんです。後日、なにかの本で見たんですが、本当に何かを思いつくときって、必ず何か嫌なことが起こるらしいんです。グラフで言うとグッと下がった次の瞬間には、跳ね上がれたような瞬間がありました。
そのぐらい刺激がないと思いつかなかったし、振り切れなかったなって思いますね。実は私、幅跳びやってたんですよ。
C:
え?幅跳びですか?
い:
そう。小学校から高校まで陸上部でした。走幅跳びって飛ぶ直前に、どんって踏みこまないと飛べないんですよ。でもそこにはバネとかもないし、別に踏み台があるわけじゃないんです。パリに行こうと決めたのは、その感覚に似ていました。嫌なことでグンと下がったけど、次の瞬間には自分の力で上にあがったって感じでした。
C:
すごい!!衝撃的な出来事の時に、そんな感覚があったのですね。
い:
ありました。嫌なことがあったその1秒後には、思いついたんです。「あ、パリを目指そう」って。それまでは、パリを意識してたことはなかったですが、後から考えれば、2020年にパリからネイルの自動販売機をお店に輸入した時から始まっていたのかもしれないです。その頃も、スタッフのみんなと「みんなでパリに社員旅行に行って、現地の自動販売機を見れたらいいね」という話はしていましたけど、遠い夢の話だとその頃は思っていました。
C:
いやあすごいですね。それからだってもう1年後には2回行ってるわけですよね。
パリに進出するのはいつまでにとかって決めてらっしゃるんですか?
い:
はい、2027年の4月に開業したいと思っています。
C:
2027年、あと4年後ですね。いつかさんの頭の中ではもう想像ができていて、そこからの逆算で今を過ごしているみたいな感じなんですね。今回は、その頭の中をいろいろ聞いていきたいなと思います。

〈ネイルに出会った人生初の大阪の地〉


今日は初回なので、ネイルに出会う前のことも聞いてみようと思うんですけど。ネイルに出会った時、どんなことがあったんですか?
い:
これもパリの瞬間に近いんですけど、18歳の頃、何をやっていいかわからないときがあって。1人で深夜バスで大阪に行ったんです。早朝の5時とか6時に着いて、一人で大阪を歩いていました。その時に出会った人の影響で始めたって感じですね。
高校の陸上部で一緒にやってた子が、高校を卒業して大阪の学校に行っていたから、その子に会おうと思って、大阪に行ったっていう経緯です。
C:
どうやってその刺激を受けた人に出会ったんですか
い:
道で声をかけられました。後から振り返ったらの話なんですけど、そのときに大阪でネイルのイベントをやってて、そこにいた人にハンドモデルを今日やってくれないかって言われて、暇だったので良いかなと思って承諾しました。
後から知ったのは、その人はアメリカ人男性で、ネイルの世界チャンピオンだったのです。その時イベントに併設して大会もあったんですけど、私は大会じゃなくステージでデモンストレーションするためのハンドモデルでした。
C:
それをやられながら、いつかさんはどんな気持ちだったんですか。
い:
その前にショーの下準備の時間が多分1時間ぐらいあったんですが、そのときは別に普通に2人でその人に手を出してた感じだったんですけど、ステージに上がるときは、なんかすごいなと思って見ていました。その凄さが、忘れないぐらい伝わってきたというか。今でも手にある感じがするんです。感覚とかあの真剣さとかが、忘れられないですね。
C:
それはとっても思い出深いですね。
い:
そうですね。ステージ上でデモンストレーションをしたあと、その人の作品として、会場に立っている私の手を、すごい数の人たちが見て周っていました。その時も、「すごいな」「これは一体何なのだろう」と思っていました。
C:
それから実際ネイルをやるまでってどんな感じだったんですか。
い:
その手のまま、広島に帰ったんです。デモンストレーションだから施術は片手だけでした。爪が長いから、両手とも合わせたくって、広島に帰ってきてすぐにネイルサロンを何件か回ったんですが、全部、できないと断られました。そこで初めて、なんかあの人ってすごかったんかなみたいに思い始めましたね。
そして、その体験を通して、自分でやろうと思い始めました。
C:
そこがネイルとの出会いなのですね!
い:
はい。そこからネイルに興味を持って、どうやってやるんだろうって掘り下げていったときに、ネイル検定などがあるのを知りました。最初は3級検定をやってみようと思い、勉強し始めました。
C:
その手をやってもらわなかったら、ネイルをしようという興味を持ってないってことですよね。
い:
そんなにおしゃれに興味がある感じでもなかったので、そうかもしれないですね。

C:
まだまだ聞けることがいっぱいありそうな感じなんですが、今日はこの辺りで。
次回はネイルに出会った以降の話についてお伺いします!
ありがとうございました!

い:
ありがとうございました!


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