薬膳cafe五花:10月 日替わりスモール定食 #11
爽やかな秋晴れだなぁ。
外までお客様を見送り、見上げると、高く抜けるような青空に、白いペンキをハケでサッと塗ったような雲が浮かんでいた。
店の前の小さな花壇にはピンクのコスモスが咲いている。
かわいい。癒されるわぁ。
両手を上げぐーっと背筋を伸ばしふうっと脱力する。
さて。あともうひと頑張り。
店内に戻ると、叔母がテーブルの上を片付けていた。
時計を見るとランチ終了の15時まであと40分だ。
「叔母ちゃん、ありがとう。お盆は私が運ぶから座っててね」
「はぁい。今日はもうランチはお開きかねぇ。なんかリリーちゃんあたり来てくれそうな気がするんだけど…」
「ほんと?勘が鋭いから当たったりして」
そんな会話をした矢先にドアベルがカランカラン…と音を立てた。
「いらっしゃいませ」
わっ。さすが!!
本当にリリーさんだ!!
リリーさんは一瞬店内をキョロキョロと見まわし
「トリック!オア!トリート!!…フー!!」と叫んだ。
不意打ちで少し呆気に取られてしまった。
なんて返せば良いのだろう。
「…ト、トリック オア トリッックト…!!」
言い慣れない挨拶なので噛んでしまった。
「オホホホホホ…. ごきげんよう」
上品な笑い方と鈴を転がしたような声がリリーさんの特徴のひとつだ。
「いらっしゃいませ。どうぞ〜」
テーブル席へ案内した。
叔母は驚いた様子もなく
「いらっしゃい、リリーちゃん。ずいぶんご機嫌じゃない。ところでトリックってなにさ」
と言った。
「あらやだ、かっちゃん。ハロウィンの挨拶よぉ。今日はね、スポーツクラブで小物をつけてノリノリでダンスして来たのよ」
席に着いたリリーさんは、スポーツバッグから変装用のメガネを出してかけてみせた。
「ほら、見て」
メガネに鼻とちょび髭までついている。
ピタッとはまっていてコミカルだ。
「あはは!リリーちゃん似合ってるわ」
叔母が言うと、リリーさんはメガネをかけたまま「イェーイ」とダブルピースしている。
2人のやりとりを見聞きしているといつも自然と笑ってしまう。
リリーさんは商店街の花屋に嫁ぎ、ご主人と2人で切り盛りしていたが、今は息子さん夫婦が後を継いでいる。
本名は百合子さんだが、その明るさと気さくな人柄でみんなにリリーちゃんと呼ばれ親しまれてきたそうだ。
叔母とはPTAで知り合い、自営業の妻同士意気投合し、以来ずっと励ましあってきたママ友なんだとか。
スポーツクラブの帰りに遅めのランチで寄ってくれる事が多い。
他のお客様がいるときは、声を潜めて邪魔にならないように話してくれるが、今日は誰も居ないことを確認して、盛大にハロウィンの挨拶をしてくれたのだろう。
そういう所もおちゃめだ。
「メニューはいつものスモール定食でお願いね〜」
「はい。かしこまりました」
キッチンに戻り、用意に取り掛かる。
スモール定食は少食なリリーさんの意見を参考にしたメニューで量と品数を少なめにしている。
「で、結局ハロウィンってなんなの?アメリカ版冬至みたいなもんかい?みんなで変装してかぼちゃを食べたりして」
「私もよく知らないけど、かっちゃん、冬至って!相変わらず面白いわねー!オッホホホホホホ…」
「よく知らないのかい!そしてリリーちゃんのザマスおばさんみたいな笑い方も変わってないわよ」
「ザマスおばさんざまーす♪」
リリーさんがおどけて、そして2人でアハハハハハ…オホホホホホ…
と笑い合っている。
…………平和だ。
アメリカの冬至。
ザマスおばさんも久々に聞いたよ……
じわじわ笑いが込み上げる。
タイマーが鳴り、アジのスパイスパン粉焼きが焼き上がった。
かすかにターメリックの香りが漂う。
ちょこちょこ用意したおかずをお盆に並べ、ほかほかの銀杏ごはんを茶碗によそい、手羽元と金針菜の熱々のスープを椀に注ぎ、出来上がりだ。
𓂃◌𓈒𓐍
「お待たせしました。スモール定食です。全然ハロウィンっぽくないメニューですけれど」
「ありがとう。こういうご飯がいいのよぉ。今日はどんなメニューなのかしら?」
銀杏ご飯
金針菜と手羽元のスープ
アジのスパイスパン粉焼き
青梗菜と生きくらげの炒め物
大根とクコのラペ
マッシュさつまいもミルク
これらのメニューを簡単に説明した。
「一品一品考えられているのねぇ。確かに最近咳が出るわ。銀杏のご飯なんて嬉しい」
リリーさんは、いつもゆっくり味わいながら嬉しい感想も伝えてくれる。
「秋は食でも乾燥対策をおすすめします」
「なるほど。勉強になるわ。最近肌も乾燥気味だから保湿も多めにしているのよ。ハンドクリームもたっぷりと塗っているの」
ふとリリーさんの手元を見ると、色白の手に爪には綺麗にオレンジ色のネイルが塗られている。
「まぁ。素敵な色のネイルですね」
「あら。気づいてくれた?キンモクセイの色よ。今ちょうど時期じゃない」
「本当だ。キンモクセイの色ですねぇ」
「リリーちゃんは昔から美意識が高いからいつも綺麗にしてるのよ」
叔母も手元を覗き込んで私に言った。
「あら、かっちゃんありがと。美容も諦めたらそこでゲームオーバーよ。まだまだアップデートしなくちゃ」
「どこもかしこも老いる一方よ…」
叔母がしょんぼり言う。
「何言ってるの、かっちゃん。ひとつ後退したらね、その分また伸びしろが増えたわーって考えたらいいの。今は色んな情報がすぐ手に入るから上手に取り入れるのよ」
「伸びしろ!!斬新な考えだねぇ」
私は聞き漏らすまいと耳をそばだてていた。
リリーさんも叔母も良い感じに歳を重ねていて素敵だもの。
見習いたい。
「自分の機嫌は自分で取らなくちゃ。五花さんで身体を労るスモール定食を食べるのも自分へのご褒美なのよ」
「わぁ。嬉しいです」
「一品一品ゆっくり噛んでいただくわね」
忙しくなるとつい忘れがちになるのだが、腹八分目の程よい量の食事をゆっくり噛んで食べること。
養生の基本である。
「さすがです。どうぞゆっくり召し上がってくださいね」
私はキッチンに戻り、温かい桂花烏龍茶を淹れる準備をした。
𓂃◌𓈒𓐍
リリーさんを見送り、ランチの部は終了となった。
ハロウィン用のトリーツでも用意したら良かったな…
外に置いている手書き看板を書き直しながら考える。
トリック!オア!トリート!!
フー!!
脳内でリリーさんの声で再生された。
よしっ、ハロウィン当日はちょっとだけ変装して楽しんじゃおうかしら🥸
考えると少しワクワクしてきた。
傍のコスモスが笑っているようにユラユラと揺れていた。
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⚫️薬膳memo⚫️
★銀杏ご飯……銀杏→薬膳において期待出来る効果は、肺を温め咳を止める。体内から漏れ出るものを止める働きなど。
空咳が出やすい秋に。
※銀杏は「メチルピリドキシン」と呼ばれる多量に食べると中毒を起こす物質が含まれているので食べすぎ注意⚠️大人は10個、5歳以上の子供は5個、5歳以下の子どもは与えない方が良い
★金針菜と手羽元と棗のスープ…金針菜→本萱草(ほんかんぞう)という花のつぼみ。乾燥させたものが売られている。鉄分はほうれん草の約20倍。別名「忘憂草」(ぼうゆうそう)とも言われ、気の流れを通し、憂鬱感を解消して、精神を安定させる働きを期待できる。
★アジのスパイスパン粉焼き…腎の機能を高める。アンチエイジングの効果が期待できる。胃の働きを活発にするターメリック(うこん)と塩胡椒をつけパン粉をつけ焼いた。
★秋は乾燥が進む季節。中医学では秋は「燥邪」が強く影響し、肺を痛めやすい時期と言われる。燥邪への対策は、肺や身体、肌などを潤す『白い』食材を積極的に摂りたい時期。
★ 秋におすすめの「白い食材」長芋、れんこん、百合根、梨、白胡麻、ヨーグルト、豆乳、ハチミツ、白キクラゲ…など。
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