【乙】スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル

「両極端だが両方間違っているとは言い切れない」情報がインターネット上にはたくさん転がっている。
「できる人の10か条」「賢い時間の使い方」といった、頑張ることがよしとされるものがあれば、「生きてるだけで偉い」「とにかくあったかくして寝な」といった頑張りすぎないことがよしとされるものもある。あながちどちらも嘘ではなく、私自身は自分のコンディションに合わせて都合よく両方の説を支持させてもらっている。

とはいえ、どちらかというと「頑張りたい」のだ。自分が壊れるほどの努力をしたことがないので、なんだったらそのくらいの努力をしたいし、「頑張りすぎないことが大切」という考えは残念ながら頑張れなかったときの言い訳に過ぎない。心のコンディションが良いときの私は、このように考えている。

『スタンフォードの自分を変える教室』は「意志力」を磨くことで自分を変えることを最終目標とした自己啓発本だ。

本書では意志の力が働く方向性によって「やる力」「やめる力」「望む力」の三つに分類分けされている。分かりやすく例を挙げると、「日記を毎日続けたい」がやる力、「タバコをやめたい」がやめる力、「ミュージシャンになりたい」が望む力。
導入で記した私の「頑張りたい」というでかくてとりとめのない希望は、大きく言うと「望む力」になってくるが、その第一歩、土台としては確実に「やる力」「やめる力」の両方が、そして自分にとっては特に「やめる力」が一番必要だと感じていたので、それを念頭に本書を読んだ。

本当にくだらないことだが、「暴食がやめられない」というのは自分にとって笑っていられない大きな問題で、これを克服する力は「やめる力」に属する。
そしてこれに深く関連するのは、ドーパミンの働きに関する章だ。

私は、ドーパミンに関してはあまりよく知らなかった。
「幸せホルモン」などと呼ばれているのは何となく聞いたことがあったので、これが発生したらいい気分になるのかな、とその程度の認識であり、これが発生することで私たちに快楽を与えてくれているものだとばかり思っていた。
実際に本書でも、実験用のラットが脳のこの部分に刺激を与えるために、電流の走る金網の上を走って、足を焦がしてまでレバーを引き続けるという実験結果が紹介されている。ドーパミンはさぞ強烈な快楽/報酬を与えてくれる物質なのだろう。
しかし、読み進めるにつれて驚き且つ納得の結果に怖くなった。
「ドーパミンには報酬を期待させる作用があるが、実際に報酬を得たという実感はもたらさない」
ということが、後の研究結果として明らかにされた。ドーパミンはもう少しで快楽を得られそうな「予感」を脳に与えてはいたが、実際の快楽を与えてはいなかったというわけだ。

これを実際の私の生活に当てはめてみてゾッとした。
いつも自分が甘いものをやめられなくなる時、はっきりと「もう一個食べたら元気になれるかもしれない」「完璧な満足を得られるかもしれない」と考えているのだ。
実際に食べ続けて満足ができたことがないのも経験上分かっているのに、ドーパミンの働きに踊らされていたらしい。
きっと、可能性が極めて低いギャンブルなんかで、どこかで大勝ちしてすべてを取り返せると思って「次こそは」と意気込んでいるのと同じようなことだ。本書によると、スマートフォンで次々出てくるお勧め動画を見続けてしまう時も同じような脳の動きをしているという。「次こそは最高に笑える動画かもしれない」という「予感」に興奮しているだけだ。悲しい。

甘いものを食べることで実際の快楽は得られていなかったということ、少なくとも食べ続けた末に求めているような満足は得られないことを、理屈として理解できたことにとても感謝している。「予感に興奮しているだけ」頭に刷り込む。
こう考えると、お菓子が止められないことや、えんえんとお勧め動画を追ってしまうことはただの「怠惰」ということでは片づけられなくなってくる。「予感」に踊らされてギャンブルにはまり込むのとまったく同じ思考のようにすら思える。ギャンブルではお金を溶かすが、食べすぎは身体をダイレクトに破壊するし、動画は時間を溶かす。そしてよく考えてみるとそれによって得られる経験、知識もせいぜいギャンブルと同じくらいかもしれない。そこをきっちり理解した上で暴食に取り組む(?)ほうが良いに決まっている。

ただ一点、「予感」による本能的な動きと実際の「経験」による期待を見分けるのは少し難しいように感じる。最高の映画作品を見た時に同じ監督の次回作が見たくなるのも「予感」による本能的な動きなのかと考えると、これはデータ的なものなのでまた違うだろう。
お菓子に関しては、実際にそれを食べることで元気になった経験がないわけではない(暴食を除く)部分も厄介だと思う。経験に基づくまともな考え方と思い込んだ末に、本能的なものがコントロールできなくなっている。

まとめ。本書を読むことで、確実に頭が整理されたと思う。それが「よくない事」なのはわかっているが、具体的に「何が」いけないのか、「なぜ」抑えられないのかという部分を堀り下げてくれて、とても自分に合っているとも感じた。また、自己啓発本は、ヒトの「典型的」な過ちを正してくれるので、私が大方「典型的」な人間であるという点においても、とても合っているように思う。この一冊の全てをモノにできたわけではないし、「意志の力」というでかすぎる課題は本だけでどうにかなる問題でもないと思うが、単純にとても面白かった。

なんだか占いに通うような安心感が得られてしまったことは、正直少し怖い。
用法、用量を守って今後も自己啓発本と付き合っていきたい。

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