むかしのはなし/三浦しをん

「死ぬことは生まれた時から決まってたじゃないか。」
そんなことを、言われましても。
頭では理解しているつもりでも、突然「3ヶ月後に確実に死ぬ」と告げられたら逃げたくはなるだろう。

本書は、7編にわたる短編集であり、それぞれの物語には一貫して「3か月後に隕石が衝突して地球が滅亡する」「宇宙に脱出できるのは抽選で選ばれたわずか1000万人の人類のみ」という設定がある。描かれているのは、その重大発表がされるより前や、された瞬間や、もしくは宇宙に脱出した後の人間たちだ。
ホストに研究者、激強ヤンキー高校生、様々な人間の様子が描かれるが、とあるタクシードライバーついて書こうと思う。

五編目「たどりつくまで」に登場する、タクシードライバーは、性転換手術を受けている。乗務員証には男性の名前が記載されているが、見た目は女性なのだ。彼女は地球の滅亡が発表されてもなお、自身のタクシー会社の縄張りである街を走り続け、そしてただただ観葉植物にその日の出来事を語り聞かせる。あくまで日常を堅持する彼女は、ロケット搭乗の当選発表に一喜一憂する人々のことをおかしく思っている。

「いまさら、なにを。この世には、選ばれるものと選ばれざる者とが存在することに、隕石が近づいてくるまで気づいていなかったとでもいうのか。」

なにごとにおいても選ばれたことがない、だから無駄な期待をしないという彼女の心は穏やかだ。

諦めることで守られる心って絶対にあると思っているので、彼女の言い分には大賛成だ。
ただ、このくらいの潔さが欲しい。
きっと私にできるのはせいぜい諦めたふりだろう。期待なんてしてませんよー、って顔で、次々発表される当選者を見て、落選したら、やっぱりね、と。万が一当選したら「これ譲渡とかだめなやつだから…」とか言ってロケット乗るし。だから、ロケット搭乗の当選発表に縋りつく人々の執着は、馬鹿にはできなかった。
このあたりでいったん、自分の卑しさに若干気分が盛り下がる。

しかし、物語の最後は自分にとって非常に救いのあるものだったように思う。

ある日タクシードライバーは、顔面の半分が包帯で覆われた女性客を乗せた。その女性は、三か月後に地球が滅亡するというのに、自分の顔を少しでも理想に近づけようと、整形手術を繰り返しているのだ。
自分の体を自分の居心地のいいように作り替え、最後まで自分たちが呼吸しやすいように生きる。ただそれだけのことに過ぎないが、そんな彼女たちに対し、多くの人々は「もうすぐみんな死ぬかもしれないのに、ばかげている」と、理解を示さない。それに対抗するようなタクシードライバーのセリフが印象的だった。

「彼女や私の行為を無意味で愚かだと断じるとしたら、ロケットに乗ろうとするのも、ロケットに乗れずに悲嘆に暮れるのも、同じように無意味で愚かだ。」

人間たちが「いずれ死ぬのに」滅亡する地球から脱出しようともがくことも、彼女たちが自分のためだけに体を作り替えることも、私たちが体重や貯金の増減に一喜一憂することも同じように、馬鹿みたいだ。
でも逆に言えば、それら全て生きている限り仕方のないことなんじゃないのか。このセリフにいろんなことを許されたような気分がした。

最後の方は釈迦に教えでも説かれたのかというような感想になってしまったが、そんなところだ。「いずれ死ぬのに生きている」人間のことを考え始めたら頭が痛くなってきてしまったので終わりにする。

2019/10/31

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