自由だけど孤独だった私へ
実家に帰省中である。
4月から始まった仕事の本格復帰と、息子の保育園生活。
慣れない生活にひいひい言い続けた数ヶ月間だったので、ちょっと長い夏休みをとって、ゆっくりするつもりだった。
帰省中にたくさん本を読んだり、久しく遠ざかっている小説を執筆したり、自分の時間を見つけて「自分の楽しいこと」をたくさんするつもりだった。
ところがこの猛暑で、体力がどんどん奪われていく。
さらに妹と姪、甥がやってきて、一週間ほど実家に滞在しているものだから、昼間はさんにんの子どもたちの面倒を見るのに必死だ。
朝食を食べさせ、午前中から市民プールに行き、昼食を食べさせる。
常にどこかで小競り合いが起き、子どもたちがお昼寝するころには精根尽き果てている。
妹はそのあと夕食の準備にとりかかり、私は子どもたちを風呂に入れる。
大騒ぎの夕食時、やっと一息ついてビールを飲み、寝かしつけのときには一緒に寝てしまう……。
この繰り返しで、自分の好きなことをできる時間がほぼない。
子どもたちの楽しそうな顔を見るのは何よりも嬉しい。かわいい姪や甥に会えるのが本当に嬉しい。
けれど、一瞬たりとも息のつけない生活が続くと、どんどん「意欲」がなくなってくるのも事実だ。
帰省前にはあんなに「やりたいこと」があったはずが、何ひとつ達成できなくて、腐っているのだろう。
そんな日が続くなか、息子を父母と妹家族に預け、親友と夜の「なんば」に繰り出した。
なんばとは、大阪の「ミナミ」と呼ばれる場所だ。道頓堀やグリコの看板、かに道楽、食いだおれ人形など、ほかの地域の方々が想像する大阪のイメージがぎゅっと詰まっている場所である。
私は学生時代、頻繁になんばへ足を運んでいた。
好きな小劇場がたくさんあったし、実家から近いし、おしゃれな洋服屋を巡るのが楽しみだった。
もう少し大人になると、「うらなんば」と呼ばれる飲食店が多く立ち並ぶエリアで、変わった飲食店を探して入るのが好きだった。バーにもよく入ったし、宗右衛門町のあたりをドキドキしながら歩いたこともある。
ひさびさに行ったなんばはずいぶん様変わりしていたけど、そこかしこにあの頃の雰囲気が残っていて、若い頃の自分が戻って来るような感じがした。
親友と韓国料理のお店に入り、アクセサリーを物色して(誕生日プレゼントにサングラスを買ってくれた)、カラオケで熱唱したあとはスタバに行った。
スタバに入ると、おしゃれな洋服に身を包んだ人がたくさんいて、なんだかすごくわくわくした。
数年前までは、当たり前のように見ていた景色。
当たり前のようにやっていた夜遊び。
友人たちと飲んで、大きな声でしゃべって、時には奮発してハイヒールを買ったりなんかして。
そんで「あー、明日からも仕事がんばろう!!」なんて言ってた日々。
あるいは、安い居酒屋に朝までこもり「あの芝居はああだ」とか「演技力を磨くためには……」と熱い議論を交わしていた日々。
たった数年前まで、私にはそんな自由が与えられていたのだ。
観光客でごったがえす夜のなんばを歩きながら「あの頃の私、どこに行っちゃったんだろう」と思っていた。
今やメイクもせずに市民プールに行き、おしゃれよりも機能性で服や小物を選んでいる。炭みたいに真っ黒に日焼して、どんどんシミは増えていくし、なんか姿勢も悪くなってる気がするし、下半身はぷよぷよしている。
自由だった頃の私を思うと、なんだか今がとってもみじめに思えた。
息子が大好きで、愛おしくて、ものすごく大切だ、という思いと、辛い、自分の時間が欲しい、衰えた自分がみじめだ、という正反対の想い。
これがいつでも拮抗していて、やるせない。
どうして「親であること」と「私自身であること」はうまく両立できないんだろう。
そんなことを考えていると、別れ際、親友が私の肩をぽんと叩いて「がんばれ」と言った。
たったひとこと。
その言葉が、ぐぐぐぐーーーーーーっと自分の胸に刺さった。
あの頃の私は、自由だったけれどおんなじくらい孤独だった。
その私が思いきり自由を謳歌して、孤独を味わってくれたから、今の自分がいるのかもしれない。
はあはあ、ひいひい言いながらもなんとか「母」をやっている自分が。
時には夫とぶつかりながらも、それでも彼を深く愛している自分が。
母になって失ったものもたくさんあるけど、得たものもたくさんあった。
腕の筋肉(笑)、何があっても「しゃあない」と思える心、そして愛。
どれも自由だった頃の私にはなかったものだ。
少しずつ息子の手が離れ、いつかまた私に「自由と孤独」が与えられる日がくるだろう。
その日まで、しゃあない、時々自分にご褒美を与えながらがんばるか。
そんなことを思いながら帰宅すると、妹と姪甥がまだ起きていた。
彼らが息子をみていてくれたおかげで夜遊びができた私がお礼を言うと、さんにんとも「よかったね」「楽しくてよかった」と、自分のことのように喜んでくれた。
私には、天使がさんにんいるように思えた。
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