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精神病と時代遅れ/ダニエル・シュレーバー『ある精神病者の回想録』

今回紹介するのは『シュレーバー回想録』という本です。

正式名称は『ある神経症者の回想録』で、いろんな翻訳が出てますが、私は平凡社版で読んでいます。

これがなかなか分厚い本で、全部読むのは大変なのですが、とりあえず第一章まで読んで、それで思ったことを述べようと思います。

著者はダニエル・パウル・シュレーバー(1842 〜 1911年)というドイツ人で、当時の最高裁判所議長にまで出世したエリートでした。

ところが43歳で精神病院に入院し、そして1903年にこの『シュレーバー回想録』を出版するのです。

(今回も上記の動画を元に記事を書きました。アドリブのしゃべりをアレンジしてるので、その違いもお楽しみいただけます。記事は後半から有料(100円)ですが、YouTubeは全編無料で視聴できますので、応援していただけると大変に助かります。)

そしてこの本が有名になったのは、実はフロイト(1856-1939年)が研究したからなのです。

フロイトはこの『シュレーバー回想録』の本を元に、著者のシュレーバーを精神分析して、『シュレーバー症例論』という本を1911年に出版します。

私はまずフロイトの『シュレーバー症例論』を読み、その分析の見事さに感心し、その後に元の『シュレーバー回想録』を読み始めたのです。

この『シュレーバー回想録』がどんな内容かと言うと、もう想像を絶して凄くて、どう凄いのか説明できないくらい凄いのです。

本人も序論で

ここで論じられる事柄は、一部、人間の把握能力を越えているため、人間の言語によってはそもそも表現されえない

と述べているくらいで、内容を要約するのも不可能なくらいなのですが、一応説明してみます。

まず、人間の魂は身体の神経に宿っていて、そして神というのは神経そのもので、そして神の生命発現の一つとして太陽があり、その証拠に自分は太陽と人間の言葉で語り合っている。そして神の力によって男性である自分の身体は次第に女性化してゆき、女性としての会館に目覚めるという屈辱を味わう…

これは冒頭の要約で、実際にはもっと奇想天外でスゴ過ぎて、こんなものではないのですが、ともかくあらゆるフィクションを超越して、世の中の根本原理を新しくゼロから創造したような、そんな記述が延々と続くのです。

そして、フロイトがこの本の何を研究したかと言うと、当時シュレーバーさんはパラノイア(偏執狂)と診断されていたのです。

そしてフロイトによると、パラノイアの患者は、精神分析の方法では治療が不可能だと言うのです。

なぜなら精神分析は医師(カウンセラー)と患者との「対話」によって成立するのですが、パラノイアは自分の話だけして他人の話は一切聞かないので、対話が成立しないのです。

それはこの『シュレーバー回想録』を読んでも分かりますが、シュレーバーさんは自分のさまざまな妄想を現実だと頑なに主張して、医者の言うことは一切信じずに突っぱねて、一人で悩みを抱え込むのです。

そんな患者とはカウンセリングが成立せず、治療の見込みがないのに本人を精神分析するわけには行かず、そこでフロイトはシュレーバーさんが書いた『シュレーバー回想録』そのものを精神分析することを思い付いたのです。

それで出版されたのが『シュレーバー症例論』ですが、フロイトはシュレーバーさんの言葉の裏や行間を読みながら、その根底に同性愛への欲望とその抑圧があったことを突き止めます。

これは実に見事な分析ですが、しかしこの本に限らずフロイトの面白いところは、シュレーバーさんのような精神病者は例外的存在ではなく、むしろ人間だったら誰にでも精神病的な側面があって、精神病者はそのことを示している、というニュアンスで書かれている点にあるのです。

「人間は誰でも精神病者である」とフロイトがハッキリ明言してるわけではないのですが、しかしフロイトの著作からはそんなメッセージが一貫して読み取れるのです。

それは例えば「人間は動物である」という認識と同じで、動物を研究すると人間の持つ「動物的な側面」が明らかになるように、精神病者を研究すると人間の「精神病者的な側面」が明らかになるわけで、それがフロイトによる研究の重要な要素ではないかと思うのです。

「他人を知って自分を知る」という言葉もありますが、シュレーバーさんのような精神病者を「他人事」として眺めるのではなく、「自分にもシュレーバーさんみたいなところがあるかも?」と反省的に読む方が、いろいろ得るものがあるはずなのです。

さて、そのようなつもりで『シュレーバー回想録』を読みながら、ふと「この人古い人だな」と気付いたのです。

「古い・新しい」で言うとシュレーバーさんは「古い人」なのです。

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