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「誰にでもできるってもんじゃないですよ」という仕事

「たいへんなお仕事ですね」

 初対面で職業を聞かれた時、よく言われる言葉である。気づかわしげな顔で。それに対してはこちらも「まぁ」「はぁ」とか曖昧に返す。相手にまったく関わりがない仕事を口で説明してもわかってもらえないだろうし、楽しい話題にする自信がない。ましてや「たいへんな仕事の話」を詳しく求められそうな時はすかさず話題を変えるようにしている。同情はいらん。嫌いな言葉は『やりがい』と『自己実現』。

 …気にすることはない、社交辞令の定型文だ。
 私も気づかず言ってしまう事があるかもしれない。けれども言われる側からしてみたらあまり気分のいい言葉じゃない。誰もやりたがらないことに耐えて滅私奉公する気の毒な聖職者を想起させる。
 では何と言われれば満足なのか。そもそもこの複雑な感情は、仕事に対する自分自身の矜持の問題なのでは?
 
 このモヤモヤを繊細かつ爽快に描いてくれた漫画がある。

佐々木倫子『おたんこナース』(原案:小林光恵)小学館

 特にこの23話『私達は天使だ!』(4巻収録2000年10月初版)が大好きで、何度救われたことか。主人公・似鳥ユキエは私の心の友だ。厳しい先輩方と主任さんはいつも、私の落ち込んだ心に喝を入れてくれる。
 世間や患者に自分の仕事を認めてもらえないと嘆き、「なんだか浮かばれない商売ですよね」と愚痴るユキエに対する先輩達の答えが最高だ。

「他人から評価してもらえなくたって 自信と誇りをもって仕事すればいいじゃないの」
「ビジネスよ!決まってるでしょ バカ!」

188頁・189頁

 その後、嫌気がさした勢いでお見合いをすることになったユキエは、思いがけない状況でプロとしての自覚と自信を取り戻す。人から『白衣の天使』と言われる事を嫌っていた彼女に「言いたいなら言わせておこうか」と余裕ができた瞬間は、何度読んでも私の胸を熱くさせる。

「誰も認めなくても  
今 私自身が自分をカッコイイと思うから!」

216頁

 この専門職としての実感は、仕事をする上での喜びのひとつだろうと思う。少ないながらも私にも確かに経験がある。それを思えば「たいへんなお仕事ですね」と言われたって平気。なぜなら私はプロだから。理想にはまだまだ遠いけどね。「えらいわねえ。とても私にはできないわ…」(219頁)と、同情めいた言葉も跳ね返せるような仕事の誇り、やったことない人にはわからなくて当然だろう。

「誰にでもできるってもんじゃないですよ」

291頁

 数字で結果の出る仕事ではない。評価・理解・感謝されない事もある。感情労働も甚だしい、人間相手の商売だ。でもまあ、これだけ続いてるってことは自分に向いてるんでしょう、ありがたいことです。あなたもそうですか?って、ユキエみたいに微笑んでみよう。いつも余裕を持って、心を開いていなくちゃね。それが難しいから四苦八苦しているのだけど…。何とかこの調子で一生懸命やってみる。

 あと、たぶん、「たいへんじゃない仕事」はこの世にはない。これは偏屈者の皮肉ですが、ね。

#私の仕事

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