DAY138 祈りとは、ということについての今日の気づき。

2泊3日の合宿
スウェットロッジが終わった。

スウェットロッジは
ネイティブアメリカンの神聖な儀式。

ロッジを建てて、最後に解体するまで
すべての時間が『祈り』だ。

今日、最後のシェアタイムで
祈りの話を京子さんがしてくれた
それをきっかけに
帰宅の車中、祈りについて考えた。

そこでの気づきは
自分が生きていることこそが
祈りである、ということだ。

わたしが生きているのは
誰かがわたしに祈りを捧げていて
わたしもきっと
誰かのために祈りを捧げている。

無意識だとしても。

さらにわたしの細胞やスピリットたちが
わたしが生きられるように
祈りを込めて動かしてくれている。

うまく言語化できないというか
言語化が追いついてないのだけれど

わたしが生きていること
そのものが祈りだってことだ。

いや、同じこと2回書いてる。笑

神さまに祈ることも
確かに大事なのだろうし
神さまis自分と思うから
結局自分への祈りなのだけど

シャーマニズムの考えとして
すべての存在にスピリットが宿っていて
そのすべてが祈りの対象だ。

そしてスピリットも
わたしたちのために
日々祈っているはずだ。

ほんと、今日はもはや
語彙力が欠落しているので
この辺で。

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