DAY111 あの日のわたしを癒やす。

3月11日
あれから13年、ですって。

今日は旦那さんに
あの日のことを話した。

3月10日に
旦那さんは東京出張へ行き
11日の夕方には
新幹線に乗る予定だった。

渋谷で被災して
いわゆる帰宅難民になったのだ。

その頃わたしは
会社で被災して
一度、旦那さんを迎えに
盛岡駅まで行ってみたものの
駅で見た景色は
とんでもなく絶望的だったのを
今でも覚えている。


世の中の一大事という日に
夫婦バラバラに過ごさざるを得ない

このことが
わたしにとって
どれほどの苦痛だったか

もちろん
誰も責められないし
何も変えられないことだから
今まで一度も
口にすることはなかった。

でも13年経って
ようやくそれを話すことができたのだ。

あの日のわたしは
とてつもなく寂しかった。
義父母がいてくれたから
まだ少し安心感はあったけれど

大切な人がそばにいないこと
人生で味わったことのない経験を
それぞれが別の場所で
体験せざるを得ないということ。

あの日、大変だったよね
と、同じ体験を語り合えない哀しみは
今ではだいぶ、癒えてきた。

それは多分
同じ場所にいたとしても
同じ体験にはならないことを
知ったからかもしれない。

わたしが苦しかった。
それをただ、聞いてほしかった。
そう。ただ伝えたかっただけ。

そして
言えたら、癒えた。
ちょっと泣きそうにもなったけど
どうにか泣かずに、言えたよ。


大きな災害
わたしより大変な人がたくさんいる
という謎ルールで

哀しんではいけないとか
わたしは大丈夫ってことにするとか
そんなことをやってきてた。

でも
痛みは
苦しみは
哀しみは

そこに
なかったわけじゃないんだ。

あの日のわたしは
怖くて怖くて怖くて怖くて
でも、泣きたいのに泣けなくて
ラジオから流れる被害状況の声を聞いて
眠れない時間を過ごした。

旦那さんがあのとき
そばにいてくれたなら
何か違ってたのかもしれないけど

でもすべては必然で
すべてが最善の出来事ならば
何も間違ってなんかないんだろうな。

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