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法廷録音の禁止は憲法違反である

「法廷録音」をした弁護士を裁判所が懲戒請求

2023年6月29日、大阪家庭裁判所の西川知一郎所長が、裁判所内での無断録音をした弁護士を懲戒請求したとのことです。

対象弁護士は、これまでも法廷録音を求めて裁判所と争っており、約40年ぶりに制裁裁判により過料3万円を言い渡されたこともある方です。

試される弁護士会・日弁連

今回は裁判所による懲戒請求ですから、弁護士会(ないし日弁連)が判断をすることになります。だからこそ、弁護士会や日弁連の判断に期待が集まっています。

日弁連が懲戒処分をすれば、対象弁護士は東京高裁に対して取消訴訟を提起できますが、こうなれば舞台は裁判所に移ってしまうので、結論は絶望的でしょう。

反対に、弁護士会が懲戒処分をしない旨の決定をしたときや、弁護士会の懲戒処分が不当に軽い場合、懲戒請求者は日弁連に対して異議申立てができるのですが、日弁連の懲戒処分に対して、懲戒請求者は取消訴訟を提起することができません

つまり、日弁連が「懲戒処分をしない」との結論を出せば、その結論が終局処分となるのです。

懲戒請求者の西川知一郎裁判官といえば、行政関係訴訟の編著者として、行政訴訟では有名な裁判官ですから、当然、この仕組みを知っているはずです。
西川裁判官に対して批判的な声もありますが、私から見れば、弁護士会や日弁連に対する「助け舟」のように思えてなりません。

法廷録音の禁止は憲法違反である


法廷録音の憲法上の問題については、大阪大学ロースクールの講義でも扱い、法学セミナーの連載記事にも書いたことがあります。
このnoteでは検討のポイントを簡単に書いておきますが、法学セミナーの方もぜひともご参照ください。
法学セミナーでは、こうした最新問題に触れる機会が多いことから、実務家に司法試験・予備試験受験生にも定期購読をおすすめします。

報道のための取材の自由に関する先例

本件で参照すべき先例は、法廷メモ訴訟最大判(最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁)です。この判決は、傍聴人がメモを取る行為につき「特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべき」と判断しましたが、そのロジックは複雑です。

まず、憲法82条については、裁判の公開を「制度」として保障したものにとどまり、裁判を傍聴すること要求することや、傍聴人が法廷でメモを取ることを「権利」として保障する規定ではないと判断しました。

次に、「権利」である筆記行為の自由については、博多駅事件最大決(最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁)が報道のための取材の自由を十分尊重に値するものとしたことを踏まえ、憲法21条1項の規定の趣旨に照らして尊重されるにすぎないと判断しました。
しかも、同項の派生原理である情報摂取の自由を「補助するものとしてなされる限り」という留保付きです。
だからこそ、同判決は「厳格な基準が要求されるものではない」として、憲法21条1項が「直接保障」している表現の自由とは「区別」したのです。

「公正かつ円滑な訴訟の運営」による制約

法廷メモ訴訟最大判は、㋐「公正かつ円滑な訴訟の運営」の方が、筆記行為の自由よりも「はるかに優越する法益」であるとして、傍聴それ自体や筆記行為が制限されるのは「当然」であると判断しました。
その理由は、「法廷は、事件を審理、裁判する場」であり、「事件を審究し、法律を適用し、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場」であるから、「適正かつ迅速な裁判を実現すること」こそが最も尊重されなければならないからであるとします。

同判決は、ⅰ)「メモを取る行為が意を通じた傍聴人によって一斉に行われるなど、それがデモンストレーションの様相を呈する場合」や、ⅱ)「当該事件の内容、証人、被告人の年齢や性格、傍聴人と事件との関係等の諸事情によっては、メモを取る行為そのものが、審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、証人、被告人に不当な心理的圧迫などの影響を及ぼしたりする」場合があることを理由に、メモの制限を認めてしまいました。

それにもかかわらず、メモを取る行為が原則自由化されたのは、「傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ない」からです。
こうして「公正かつ円滑な訴訟の運営」という、一見すると高そうなハードルも、軽々しく超えてしまったのです。
このあたりは、矢口洪一『最高裁判所とともに』(有斐閣、1993年)にも詳しく書かれていますので、ぜひともご一読ください。

プライバシー保護のための制約

また、㋐「公正かつ円滑な訴訟の運営」以外にも、㋑訴訟関係人の「プライバシー保護」のために、裁判の公開や取材の自由が制約されることもあります。

たとえば、写真週刊誌のカメラマンが法廷で被疑者の容ぼう等を撮影したことに不法行為が成立するかを判断するにあたり、法定スケッチ訴訟最判(最1小判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁)は、「みだりに自己の容ぼう等を撮影されない」人格的利益(肖像権)に加え、裁判所の許可を受けていないことを理由のひとつとしています。
写真週刊誌といえども、報道のための取材の自由を有することを踏まえると、肖像権等のプライバシーの権利を理由に取材の自由が制約されることになります。

実際に、刑事訴訟規則215条が写真撮影を裁判所の許可事項としている趣旨は、法廷の秩序維持のためではなく、たとえ法廷が公開の場であるとしても、被告人等の訴訟関係者の肖像権の保護を重視したものであると解されています(司法研修所『刑事訴訟規則逐条説明−第2編第3章−公判』(法曹会、1989年)156頁)。

報道のための取材や情報摂取の自由ではない点

法廷メモ訴訟最大判によれば、録音についても、報道のための取材の自由や情報摂取の自由を補助するものである限り、憲法21条1項の趣旨に照らし尊重に値するといえます。
しかし、本件で問題となるのは報道のための取材の自由や情報摂取の自由を補助するためのものではありません。

この場合、刑事裁判ならば憲法が保障する弁護人依頼権(憲法37条3項)、民事裁判ならば裁判を受ける権利(憲法32条)の手続的保障の問題となりそうです。

裁判を受ける権利の手続的保障については北方ジャーナル事件最大判(最大判昭61・6・11民集40巻4号872頁)が、「口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず……表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべき」と判断しています。
この判断は、表現行為の事前抑制であることを理由とするものですが、裁判を受ける権利の内容には、「手続的保障」として「口頭弁論ないし債務者の審尋」による「主張立証の機会」が含まれることを示唆しています。

法廷録音をする理由は、正確な調書が作成されないことによる防御権侵害を予防することにあります。
私自身も、期日における裁判官の発言が全く調書に残っておらず、不意打ち的な判決をもらったこともあります。

したがって、法廷録音をする権利は、弁護人依頼権や裁判を受ける権利を補助するものである限り、法廷メモ訴訟最大判のように憲法の趣旨に照らして尊重に値するものといえます。

法廷録音が「公正かつ円滑な訴訟の運営」を害することはない

憲法上の権利として保障される、あるいは、憲法の趣旨に照らして尊重に値するとしても、㋐「公正かつ円滑な訴訟の運営」㋑訴訟関係人の「プライバシー保護」という2つの観点から制約を受けることになります。

しかし、法廷録音の場合、メモやノートパソコンのように音が出るものではないことから、それ自体が㋐を害することはありえません
実際に、裁判所が訴訟記録のために録音することは広く行われていますから(刑事訴訟規則40条、民事訴訟規則68条参照)、当事者にこれを禁止する理由はないはずです。

「プライバシー保護」の問題

問題となるのは㋑「プライバシー保護」の観点です。
録音により、法廷における発言内容だけでなく、その「肉声」までもがされてしまうことから、プライバシー侵害が問題となります。
刑事訴訟規則215条が、録音についても、写真撮影と同様に裁判所の許可事項としていることも、こうした「プライバシー保護」とも思えます。

法廷録音は写真撮影よりも必要性が高い

しかし、録音と写真撮影は全く異なります。
写真撮影の場合、シャッター音やフラッシュがにより㋐「公正かつ円滑な訴訟の運営」が害されることは十分にあり得ます。

仮に、シャッター音を消し、フラッシュを焚かないとしても、法廷スケッチ訴訟最判が人格的利益として肖像権を法的権利として保障している以上、これを禁止することには一定の合理性があります。
また、写真は、客観的状況を記録化するにとどまり、メモや録音のように裁判の内容それ自体を正確に記録するものではありませんから、弁護人依頼権や裁判を受ける権利を実質化するものとも言い難いでしょう。

これに対し、録音の場合、筆記行為やノートPCによるメモよりも正確に事実を記録できるという点で、強い必要性があります。
たしかに、正確な記録のためなのであれば、その話している内容のみを記録すれば足り、肉声までを記録する必要性はないとも思えます。
しかし、その「肉声」までもが肖像権と同程度に法的権利として保障されるのかは疑問です。

むしろ、正確な記録を裁判所が調書に残していないことや、肉声を用いない方法で逐語で発言内容を記録することが難しいことを踏まえれば、「肉声」を録音されることもやむを得ないといえるでしょう。
とりわけ、本件では少年の要保護性にとどまらず、非行事実が争われているため、刑事裁判であれば厳格な証明を要する事項のはずです。
ここで不正確な調書を作られては、たまったものではありません。

本件では、非公開の手続における録音が問題となりましたが、法廷録音をしたとしても、録音データが直ちに公開されるわけではありません。
公開のおそれを問題視するとしても、録音データそれ自体を目的外に利用しないとか、「肉声」が明らかになる形で公開・公表をしないといった、より制限的でない手段も考えられるところです。

法廷録音の禁止は憲法違反

以上のとおり、法廷録音を禁止する理由はありません。

結局のところ、裁判官が、自らの発言を自由にすることができなくなることや、正確な調書を書かなくてもよいとするくらいしか、法廷録音を禁止するメリットはないのです。
しかし、これらは憲法上の根拠がない制約原理ですから、憲法上保障されている弁護権を制約していい理由にはなりません。

したがって、弁護士会・日弁連は、自信をもって、法廷録音をした対象弁護士を「懲戒しない」との処分を出すべきです。

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