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【コラム】「売れた」「嫁ぐ」問題

「自分の絵が売れたことを『お嫁に行きました』っていうのは良くない」

創作的なお仕事をされている方…手作り作家だけでなく、アートの業界でも自身の手掛けたものが売れると「お嫁入りしました」と言い表すようです。
「売れた」というのが直接的過ぎて婉曲表現&かわいさアピールでついつい「お嫁に行った」と言ってしまいしがちではありませんか?
…私はそうです。

自分の自信のある品や高額設定の品をお客様がお買い上げ下さったとき、
「やった!売れた!!」と心でガッツポーズをしながらも
売り場の会話やSNSで話題に出するときには
「お嫁に行きました」と言ってしまいます。

大事に作り出した品=大事に育てた娘
という心象の合致感もありますよね。

「自分の絵が売れたことを『お嫁に行きました』というのは良くない」

この言葉は、知人の画家の方の言葉です。
御年そろそろアラ80、商業誌でもバリバリ活躍した方です。
今もバリバリ現役のオシャレなオジイサマです。

共通の知人である隠れ家バーのママから聞いた話なのですが、
「商業的にとらえた時に「お嫁に行く」という表現はいかがなものか。」
「創作を仕事として捉えていない心理ではないか?」
というようなことを仰っていたそうです。

確かに。
会社で働いていて手掛けたプロジェクトや、設計したデザイン、分譲マンションや建売住宅などの建築物…「お嫁入り先が決まりました」とは言わないですよね。

この「嫁ぐ」というワードは業界暗喩という認知になりそうです。

御大は
「『嫁いだ』という画家や作家は『作品』と呼ぶ層に多い」
とも指摘されていたそうです。

これまた確かに。
思い当る節がありますよね。

私も「商品」と「作品」は違うと思います。
仕事として売り出すものは「商品」であれ…と思っています。

ですが、絵画や陶芸、手作り縫製の服やバッグ、時間をかけた一点物のアクセサリーや雑貨は自分の生み出した「娘」のような感慨はあるものです。
それを「ただの商品です。はい、売れました」と淡々とこなせるでしょうか?

私は逆に「お嫁に行った!」という感慨があっても良いのではないかと思います。
ただ作り出すのではなく、作り手の思いが込められたその独自の品は「これは自分も気に入ったデザインです。ここにたどり着くまで何度もデザインし直して…難産でした」くらいの思い入れがあって当然だと思うのです。

そこに作家と購入者との間に新たなストーリーが生まれます。
「これね、ちょっと立ち寄った手作りフェアで買ったんだけど、その作者が言うにはね…」
と購入者が家族や友人に話したくなる…そういった繋がりこそが手作り作品の購買の醍醐味ではないでしょうか?

「お嫁に行った」はただ「売れた」以上の気持ちを含む言葉として、これからも創作業界では使われて良いのではないかと、私は考えます。


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