21世紀の「人生は野球」:日本未公開野球映画を観る(49)
사회인 (Our Baseball)(2019)
※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
生活と試合のシンクロ
草野球を舞台にした韓国のwebドラマシリーズ。原題は『社会人』。
草野球チーム「ハートピープル」はリーグ優勝を決める決勝戦に初めて進出。メンバー一人一人の実生活での悩みとこの試合の進行をシンクロさせて描くエピソードを1回(約15分)ずつ計10回オムニバスでつないでいる。
1回「ラインナップ」
ギョンシクはこの日スタメン1番に抜擢されながら、来られないはずだった強打者で俳優のジャイナが突然やって来て外され、ジャイナはギョンシクの新しいバットを勝手に使って先制のホームランを打つ。ギョンシクは会社でもリストラされそうになっている。
2回「ボーンヘッド」
ウォンホは妻が結婚式に出るため、幼い娘をキャンプに連れて行くと偽ってグラウンドに来るが、娘からの電話でそれを知った妻がグラウンドに現れる。しかし妻はウォンホのボーンヘッドを叱る監督に猛然と抗議し、娘と一緒に最後まで応援してくれる。
3回「バスターバント」
チームで唯一の女性であるシウンは、打てなくてチームにいられなくなるのを恐れてバントばかりしている。就活も消極的で失敗続きだが、彼女に厳しいワンスの謝罪と叱咤を受けてバスターを試み、ヒットを打つ。
4回「ビーンボール」
大学でプロをめざしていたワンスは、死球で打者にケガをさせて野球をやめ、寿司職人になった。当てた相手はプロになり、店にやって来る。彼は自分がケガのことを大げさに言ったためワンスは野球をやめたと罪悪感を感じており、起亜タイガースで一緒にプレーしたいと伝える。
5回「ベンチクリア」
ギョンシクの会社の同僚でもあるデソンは、彼にパワハラをする上司に食ってかかる。試合でも彼へのラフプレーに激高して殴りかかり、両チームは乱闘になる。
6回「ブロウンセーブ」
審判が乱闘を収めて試合続行。先発投手で新顔のナラはリードした6回、遅れて来たエースのジンサブにマウンドを譲るが、逆転されて勝利投手の権利を失う。彼は会社でも、自分の企画が同僚のプレゼンの失敗により流れてしまう。
7回「犠牲バント」
結局自ら会社を辞めたギョンシクは、恋人の母親に娘の結婚相手には相応しくないと言われる。無死1塁で打席に入ると、打ちたかったが結局サイン通りバントをして、ゆっくり走って自分も生きるチャンスを逃してしまう。
8回「ホームイン」
最年長のパクは妻との仲が冷え切って家に帰らず、娘の留学資金だけ要求されているが、娘は留学より両親と仲良く暮らしたいと言う。洗濯物を届けに来た娘が見守る中、2塁打がエラーを誘ってホームまで帰る。
9回「振り逃げ」
4点リードされて迎えた9回、2死から4番のヒソプが三振して試合終了と思いきや、パスボールで振り逃げ出塁。彼は苦労して開いたワイン店をビルのオーナーの破産により取り上げられたが、自転車でワインを売り歩く、諦めない男である。
最終回
ヒソプの後も出塁が続き、3点返して1点差となって打順はギョンシク。外野に飛んだライナーは…、というところで試合終了後の場面になり、シーズンオフにメンバーの生活が少しずつ前に進んでいる様子が描かれる。最後にライナーは捕られて試合に負けたことがわかるが、3か月後には新たなシーズンが始まる。
人生を野球になぞらえる
人生を野球にたとえる見方はアメリカではよくなされるが、日本ではあまりそうでない気がする。日本人はスポーツをヒューマンストーリーとして見るのは大好きだが、多くはスター選手の人生への関心で、野球というスポーツやその試合を私たち自身の人生になぞらえることは意外に少ないように思うのだ。
それに対して本作は、選手の生活における出来事を野球のプレーとシンクロさせ、それを1イニング:1人:1回と対応させて描いている。ひとつひとつはエピソード程度で相互の関連や最後の回収はあまりなく、そのため脚本にはそれほど苦労した様子がない。しかし試合は最初から結末まで描かれており、連続ドラマとしての統一感はある。「コロンブスの卵」的な手法だと思う。
本作を観て想起したのは、日本でこの夏放送されている深夜ドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』だ。元プロ野球選手役の仲村トオルの「ライフ・イズ・ベースボール」が決めゼリフとなっているように野球と人生をなぞらえているし、1回に1人の人生/野球という構成も本作と似ている。夜のバッティングセンターに一人で打ちに来る女性、という設定はユニークで、日本にあまりなかったタイプの野球ドラマで楽しめるが、試合の進行とともにドラマが進んでいく本作の方がより面白く感じた。
韓国における野球の浸透
韓国の野球はナショナルチームの強さに比べて高校野球の参加校が全国で80校程度というギャップが目立ち、「するスポーツ」としての普及度は低いのではという印象があったが、こういう作品を観ると、プロ野球やナショナルチームの人気だけでなく、市民の生活へもしっかり浸透しているのがわかる。週末の草野球のために平日があるというか、それを中心に生活が回るという感覚がちゃんと伝わってくるし、それが特殊な人ではなく「ふつうの」市民の話として描かれているのだ。
この「ふつうの」草野球チームに「ふつうに」女性が一人入っているのも21世紀的だ。シウン役の女優はアイドルグループの一員だが、以前ならこういう女優は選手のガールフレンドやチームの「マドンナ」、日本なら女子マネージャー役を演じただろう。陸上をやっていたので足が速いという設定の彼女はいつもバントで出塁を狙うが(ポジションはDHで守備には就かない)、やはり打ちたいという思いが抑えられないのもリアルである。おとぎ話ではなく「現実感のある」女子選手は、アメリカではTVシリーズ『PITCH/ピッチ 彼女のメジャーリーグ』(2017)、韓国では『野球少女』(2019)で描かれてきた。シウンは彼女らほど才能も意志の強さもないが、そのぶんよりリアルで身近に感じられる登場人物である。
プレーのシーンについても、14対13という乱打戦だったため長打が多く、たいていレフト方向に飛んでいくのだが、右打者の右後方から強い打球をとらえるショットは爽快感があった。
韓国の野球映像作品群
こうした点も含めて、韓国の野球映画や野球ドラマのレベルは高くなっている。この国がエンターテインメント大国であることは言うまでもないが、野球も急速に進歩、浸透しており、双方の結果として近年の作品がある。本作もYouTubeで誰でも観られる作品にもかかわらず質が高い。
近年の韓国の作品は日本語版がリリースされる割合が高いため「日本未公開」に該当するものは少なくなっている。しかし日本語版があっても未見のものが多く、TVシリーズ『刑務所のルールブック』(2017)や『ストーブリーグ』(2019)は長くてなかなか観られそうにないが、逆に本作のように短くて観やすい『スカウティングレポート』(2019)もあり、作品は豊富である。
映画も未見作品が多いので今後楽しみだが、中国のサーカスからゴリラを連れてきて選手にする『ミスターGO!』(2013)はほとんど長所が見つからない作品だった。「猿が野球をする」という設定はアメリカにも『モンキー・リーグ/史上最強のルーキー登場』(1995)があるが、こちらも「史上最低の野球映画」と言われることもあり、猿の野球は「禁断の設定」と言えそうだ。というか、なぜ猿が野球をするという発想に至るのか、まるでわからないのだが。
最後に、原題の『社会人』は、草野球のことを「社会人野球」と呼ぶからのようだ。日本で言う「社会人野球」、すなわち企業の従業員によるセミプロ的なチームは、1970年代まで韓国野球の最高峰だったが、プロ野球の発足以後ほぼ消滅したということである。また「社会人野球」も基本的に硬式野球で、本作でも硬球でプレーされている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?