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『スーパースター★カムサヨン』の37年後:日本未公開野球映画を観る(25)

야구소녀(野球少女)(2019)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーですが、日本公開が決まっているため、結末までは紹介していません。

130キロ超の女子投手

 韓国では既に10本を超える野球映画が商業映画として製作されており、多くは日本でも公開されている。本作も2021年に劇場公開予定であるが、題名通り女子選手を主人公にしたもので、これは初めてだろう。
 女子スポーツを描いた韓国映画としては『ハナ−奇跡の46日間』(2012:卓球)や『プロミス−氷上の女神たち』(2016:アイスホッケー)などが既にあり、いずれも文句なく面白い。南北分断を背景にドラマ性を高めたこの2作とは違ったテイストであるが、本作も期待を裏切らない。
 高校3年生のジュ・スインは球速130キロを超える投手で、男子ばかりの野球部に所属して本気でプロをめざしているが、ドラフト指名されなかった。諦めさせようとする周囲に耳を貸さず一人でトレーニングを続けているところに新任のコーチ、チェ・ジンテがやってくる。自分もプロに届かなかった彼は「女だからではなく力が足りないから指名されないのだ」と突き放すが、諦めないスインを見かねて指導を始める。
 球速を増そうとするスインに対してジンテはナックルボーラーとして活路を見出すことを提案。「ナックルは故障した投手が投げる球」と嫌がったが、それでもナックルを習得する。なかなか球界に相手にしてもらえないなかで、SKワイバーンズのトライアウトに参加が認められ、そこで現役のプロ選手と対戦することになる…。

『カムサヨン』に通じるトーン

 前掲の2作は分断の悲劇を織り込んだドラマであると同時に「熱血」スポーツ映画でもあり、饒舌でテンションが高いが、本作のトーンはずっと抑制的で、頭から女子を認めない球界や周囲に対してスインが愚直なまでに黙々と挑み続けるプロセスが中心になっている。
 スインの家庭は、父親が「宅建主任」的な資格試験に合格できず無収入で、工場で働く母親が生計を支えている。彼女は「野球は趣味で続ければよい、就職しないと父親のようになる」とスインに厳しいが、この強烈なオモニは同じ韓国の秀作野球映画『スーパースター★カムサヨン』(2004)の母親と重なる。作品全体のトーンも近く、ストーリーも似た部分があり、姉妹作と呼びたいといえば言い過ぎだろうか。
 『カムサヨン』の舞台は韓国プロ野球黎明期の1982年だが、その時代の社会人野球の選手と似たストーリーを本作では女子高校生が生きる。この37年間に韓国の野球をめぐる状況がそれだけ進んだことを表していると言ってもいいだろう。
 抑制的なトーンながらドラマとしての魅力も多い。同じ野球部からただ一人ドラフトされたイ・ジョンホとスインはリトルリーグ以来のチームメイトだが、女の子ゆえチームでいじめられていたスインに対して、ジョンホは身長でも野球の腕でも負けていたのでいじめに加われなかったという。しかし、そのチームのメンバーで高校3年まで野球を続けたのはこの2人だけというのはしみじみと良いエピソードだ。
 ルックスもよいジョンホはスインの挑戦を応援し、爪を保護するマニキュアを贈ったりするが、恋愛関係にはならない。そういえば『カムサヨン』でも、球場の券売窓口の女子係員が彼に淡い想いを寄せるが結局恋愛には発展しなかった。いずれも作品としてはそれでよかったと思う。

ナックルボーラーという可能性

 モネ・デービスについて以前書いたように、何らかの形で男子と渡り合える女子選手は少しずつ出てきており、どこかの国のトップリーグに戦力として迎えられる女子選手が誕生する日がいつかやって来るのではないかという予感はある。とはいえ、それは近い将来ではないだろうという気もするなかで、ナックルボーラーというのは現実的に考えられる有力な選択肢だろう。吉田えりの例もある。
 さてワイバーンズはどういう決定をしたのか、劇場で確かめていただきたい。

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