重いテーマが見え隠れするドミニカ製コメディ:日本未公開野球映画を観る(54)
Playball(2008)
※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
母国に戻ったメジャーリーガー
ドミニカ共和国(DR)のウィンターリーグを舞台にしたドラマ。この国の野球映画を紹介するのはPonchaoに次いで2作目となる。
DR出身でフロリダ・マーリンズで活躍した1塁手のアレックス・デュランはステロイド使用が発覚してメジャーを追われ、母国のリーグで低迷するアストロズでプレーすることになる。女好きなアレックスだが、バットボーイのマルコを親代わりに育てる姉のエレーナに真剣な思いを寄せるようになる。
強打が売りのアレックスだが、32歳になった今、ステロイドを使わないと打球が飛ばない。開幕からチームは低迷して風当たりは強くなり、薬物の売人が近づいてくるが、使うわけにはいかない。こうして出場機会が減るなか、打てなければ辞めると監督に啖呵を切って代打に出てサヨナラホームランを打つ。ここからアレックスもチームも調子を上げ、10連勝して2位に浮上。30年ぶりの優勝の可能性が見えてくる。
しかし最終盤、ライバルチームとの試合の守備でアレックスは走者に蹴られて膝を負傷し、最終戦の出場が危うくなる。再び近づいてきた売人からすぐ効く薬があると言われ、逡巡の末、アレックスは薬を買う。最終戦の前日には、ステロイドを使って強迫的に筋肉を鍛えている「スーパーマン」ことセラノが錯乱してチームメイトにバットで殴りかかるという事件が起こる。彼はアレックスを代打に出されて以来、出場機会が減って焦っていた。
こうして迎えた最終戦、アレックスはロッカールームで薬を取り出す。0対3で迎えた9回裏、2死満塁で彼がホームランを打って逆転サヨナラ勝ち。しかしちょうどその時、アレックスの思いを受けることを決めて球場に着くところだったエレーナが車に轢かれる。試合後、アレックスは結局使わなかった薬をトイレに捨てるが、直後にエレーナのことを聞く。彼はメジャー復帰を断り、母国でプレーしながらマルコと生きていくことを決める。
「ふつうに」入り込む薬物
本作の特徴は、メジャーで夢破れた選手が母国に帰って再生をめざすというプロットと、そこに薬物使用が絡んでいることである。
一点目については、「野球後」映画の範疇に含めることもできるだろう。貧しいDRからメジャーリーガーになるという大きな夢を果たしたものの、完全燃焼することなくそこを追われた主人公の「その後」を描いているからだ。メジャーと母国のリーグとの往還は日本選手においても増えており、こうしたキャリア・パターンは今後さらに一般的になっていくだろう。
そんな彼が母国で再び野球に情熱を燃やす原動力になったのが、初めて結婚を意識した真面目で強い女性エレーナである。その意味で本作はラブストーリーでもあるのだが、そのエレーナが前ぶれもなく死んでしまう結末には驚きというより戸惑いを禁じ得ない。
薬物については、1990年代以降のアメリカ野球界にこの問題は大きな影を落としたが、それを取り入れた野球映画は(まだ)少ない。薬物のためメジャーでのキャリアを断たれたアレックスは、母国に帰っても結果を出さなければというプレッシャーから逃れられない。しかも身近に薬の誘惑がある一方、エレーナやマルコとの将来を真剣に考えており、「再使用」をめぐって揺れ動く。こうした葛藤や不安は少なからぬ選手にとって身近なものとなっていた(いる?)と思われ、その事実から目を背けず、かつ殊更スキャンダラスにではなく描いたのは本作の見どころだろう。
ラテンアメリカからメジャーに行った選手が薬物を使うのは、結果を出すことへのプレッシャーだけでなく、慣れないアメリカでの孤独など生活面も関係していることが説明されるが、こうした状況は母国でプレーしていても大きくは違わず、セラノのようにおかしくなってしまう選手や、薬を使って成績を上げてメジャー球団との契約を勝ち取る選手も出てくる。
これまでドーピングを描いた映画としては、おそらくその影響を最も大きく受けてきた自転車競技のものが多く、ツール・ド・フランス7連覇を果たしながら永久追放されたランス・アームストロングの『疑惑のチャンピオン』(2015)や、カナダの女子レーサー、ジュヌヴィエーヴ・ジャンソンの『レーサー/光と影』(2014)といった実録ものが製作されてきた。これらと違って本作は、もっと「ふつうに」プロスポーツに入り込んでいる薬物を描こうとしている。フィクションであるぶん自由に描けるわけで、こうした作品がさらに待たれるところだ。
コメディと重いテーマ
ただ本作では、球団幹部や監督、チームメイトの多くは一様に薬物使用に批判的で、選手にはクリーンであることを求めるし、その理由もシンプルだ。彼らは薬物を使う側の事情に思いをはせることなく自明のごとく否定し、最終的にそれが「勝利」することになるというハッピーエンドだが、そのことと引き換えにエレーナが死んでしまっているように見え、「もやもや」の残るところだ。
また、DRとアメリカの豊かさの圧倒的な違いゆえに選手が皆メジャーをめざすという状況についても、所与のものとされているようだ。その象徴として、メジャーリーガーやそうなりそうな選手を次から次へと追いかける女性が描かれ、最後に彼女は薬物を使ってメジャー行きを決めた「レザーマウス」と婚約し、勝ち誇ったように振る舞う。
DRやプエルトリコの国内リーグは、日本などアジア諸国以上にメジャーによる「収奪」の対象で、「メジャーに行けない選手」がプレーするリーグという性格を持つ。それでもアレックスはここに残ってマルコと生きる道を選んだが、それは「贅沢を望まなければ生活できる」ことをよしとしたからだ。
基本的にコメディタッチなので、このような選択や背景が重く描かれるわけではないが、意外に重要なテーマを含んだ作品で、そうした製作の姿勢には共感できた。
なお作品中のシーズンが短く感じるのは、この国のウィンターリーグは通常レギュラーシーズンが10月から12月にかけて50試合(その後に2段階のプレーオフ、さらにチャンピオンはカリビアン・シリーズに進む)で、レギュラーシーズンのみを描いているからである。一方6月から8月まで行われるサマーリーグはMLB傘下のルーキーリーグで、メジャー球団が置いているアカデミーの選手によって構成されている。
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