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無駄の価値

定期的にほしくなるものがある。

「別になくても良いし我慢もできるけど、あれば心おどるもの」

ゲーム、本、マンガあたりは該当しない。あれらはまったき必要物資であるからして、常より複数の備蓄をゆめゆめ怠ってはならない。

ならどんなものかと言うと、毛糸とか、布とか、ボタン。マスキングテープ。付箋。しおり。ピアス。ブローチ。ハンドメイドのブレスレット。
そういったもの。
出番がありそうで無さそうなもの。ひとから見たら恐らくただの無駄づかい。

でも私にとっては、その「無駄」な存在が恋しいのである。
時には愛おしいのである。


その発露として、今日、ボディミストを二つ買った。
最近なんとなく「ネイルがほしいな」と思っていたので、立ち寄ったロフトでネイルを眺めていたものの、なかなかこう、ときめく色がない。
あきらめて帰ろうとしたところで、ふんわりと流れてきた良い香りに捕まってしまった。

ああいう時は不思議なもので、最初は、
「いやネイルがほしいんだよなあ……でも好きだな。でもなあ……」
と一度は躊躇するのに、ちょっと長居してあさっている内に、これ!どうしてもこれ!というものに出会ったが最後、はじめの一本目を手にする決意があっさりかたまる。

もちろんお財布との相談も重要だ。
ボディミスト二本で二千円ていどなら上手なお買いものだと、我ながらご満悦である。


もともと私は香りものが好き。
一時期はそれこそ香水におぼれていたものだった。それが仕事の関係で途絶えたり、ペットをお迎えして控えるようになり、やがてとんとご無沙汰になっていた。
とはいえ完全にご縁が絶たれたわけでもなく、柔軟剤やファブリックミスト、シャンプー、ヘアオイルなどで香りを無難に楽しんできた。
今年に入ってからは何となく練り香水やハンドクリーム、フレグランススプレーを休日のお供にするようになっていた。

そして今、仕事を休むようになって、外で働いている間はできないことをすべてやってしまおうという時期。
その一つがネイルであり、翌日のスケジュールを気にしない香りものだったりする。
(ネイルは元来それほど好んでいたわけでもないけれど、綺麗な色が視界に入るのは良いなあと漠然と思っているし、持っているだけでも何だか嬉しい)


今日、とりこにしてくれたミストは、一つはりんご、もうひとつはシトラスの香り。
りんごはトップからラストまでノートがあるが、シトラスはワンノート。でもボトルの可愛さが尋常ではない。
中身こそ大事だが、見た目もかなり大切。これは香水に限ったことではないだろう。クッキーだってとんなにおいしくても食べてしまえばなくなるけれど缶が素敵だったらもう文句なしじゃないか。

香水の容器はもはや芸術品といっても過言ではないものも多い。
ボトルそのものはさほどでないけれど、液体の色が美しかったり印象的であればやはり惹きつけられる。
その上でしっかり「良い香り」だなんて、まったくやってくれるなあと敗北するほかない。


好きな香水は、と聞かれたらニナ・リッチのプルミエジュールと答える。
ドラジェをイメージしたちょっと甘めの香りで、でもくどくはない。優しい香り。
すりガラスのようなぼやけた器の中に、朝やけの色が封じられている。
名前も良い。「はじまりの日」。転じて、「新たな一歩」とも訳せる。
ニナ・リッチの香水といえばレールデュタンが有名だろう。これも好き。映画「羊たちの沈黙」でヒロインのクラリスがつけている香水である。独房のわずかな隙間からレクター博士がその香水をかぎとる場面も、もちろん好きに決まっている。

思い出の香水ならボディショップのホワイトムスク。
はじめて海外ひとり旅でイギリスを訪れ、留学していたころのホストファミリーと再会した折り、ホストマザーに「無駄なことに使いなさい」と渡された五十ポンドで購入した。
ムスク系の香水は世の中にあふれているし、ラストノートにムスクが入っている香りは好きだが、ムスクと銘うってあるものはこれ以外に使う気にならない。


今はシャンプーはアールグレイの香りのもの、石けんは青の牛乳せっけん、ヘアオイルはオレンジネロリを愛用している。
洗剤はホワイトローズ、柔軟剤はジャスミンでほぼ固定。
これから乾燥の季節でハンドクリームの出番が増える。その際、濃い香りのハンドクリームをつけたらコロンやミストは使わない。
この年になってバニラやキャラメリゼなどグルマン系のハンドクリームに癒されるようになったので、他の香りものとの兼ねあいに頭を悩ませるのも楽しくなってくる。
ボディクリームはニベア。本当はゴートミルクがほしいのだけれど、なかなか気に入るものが見つからない。

まだハロウィンの前だというのに早くもクリスマスコフレの話題が出ている。
なるべく誘惑されないように乗り切りたいものだ。
年内にもう一つ、香りものを買うとしたら、パピルスのコロンかなあ。経験したことがないので興味津々なのだ。


そういえば数ヶ月まえについうっかり手を出したトワレにカモミールが配合されていたのには驚いた。
英語表記だったので Camille 椿かと思ったら Kamille カモミール(カミツレ、これはオランダ語)だと気づいた時の頬を打たれた感じは忘れがたい。
というのも、その頃ちょっと疲れていて、カモミールモチーフのアクセサリーでも買おうか悩んでいたのだ。
あちらから迎えにきてくれるという不思議なことは、確かに起こる。

「フルーツバスケット」のコラボレーションフレグランス、草摩綾女の香り。

さすが、あーや。と、ひたすら感嘆しっぱなしで、今なお、ちょっと肌にのせては過ぎない加減で励ましてもらっている。
そして私の直感も満更ではないなと、ひとりにやにやしている。




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