起業週報(3/25~)

先週の話になるが、土曜日は忙しかった(アルプでは、現在、業務委託のエンジニアも含めてコミュニケーション取りやすいよう、火曜~土曜勤務を一旦の前提にしている)。土曜日の夜、ちょうど一緒に働きたいと思っていたエンジニアの予定が空いてると知る。創業メンバーの竹尾くんが今日攻めるしかないんだと言うので3人でも飲む時間を作らねば、となる。しかし、僕は僕で予定があったし、それ以上の妙案もないので友人たちとの飲み会と混ぜてしまった。結果混沌とした状況の中、朝3時まで、自分のストーリーをどう作るのか?!どう作りたいと考えているんだ?!という話をし続けていた。最後はなぜか全然関係ない友人の方が泣いてた。なんでだろう。

月曜日は、京都に。前日入りして一泊二日。めちゃめちゃお会いしたいデザイナーの方がいたので、お会いしてきた。非常に意義深かった。自分の感覚としては、経験やスキルセットももちろんそうだけど、何よりこれからどういうキャリア・経験をしていきたいのか、その意思がどれだけ強いかの方が大事だと思う。例えば、CXOになりたいならCXOになりたいという意思、マネージャーになりたいならマネージャーになりたいという意思で、どう意思決定していくか(その視点での意思決定のチャレンジを重ねるか)、目の前の結果をどう評価するのか、どういう行動を重ねていくのか、その差分・積み上げがが結果としてのCXOやマネージャーとしてのキャリアを作っていく。もちろん大前提の経験やスキルの話はある。しかし経験やスキルからはそれ以上もないと思っている。
その観点ですごくいい人と会えたと思う。こっからですが。

火曜と水曜日は、まだ先週からの定義の議論も続いていたが、先のことをインプットする時間を無理やり確保させてもらった。おかげで、思考が深まって、また問いがさらに増えた。自分たちは単なるSaaSをやっているわけじゃないということ、「顧客」と「利用」を軸に継続的な顧客接点を必要とするあらゆるビジネスのためのインフラなんだということ。強制的にこういう時間とるのは意味があった。

火曜日の自己紹介は前川くん。彼は誰よりも最初に社員としてアルプへの参加を決めてくれたスーパーマンである。

どういう生活を送ってきたかを聞きながら、最後に彼が最も好きな動画を紹介したいというのでこのデレクシヴァーズによるムーブメントの起こし方を見る。

昔すごい見たなと思いつつ、今はまた新鮮な目で見て学びがあった。

最大の教訓はリーダーシップが過大評価されているということです。確かにあの裸の男が最初でした。彼には功績があります。でも1人のバカをリーダーに変えたのは最初のフォロワーだったのです。全員がリーダーになるべきだとよく言いますがそれは効果的ではありません。

それはまさにここに尽きる。リーダーは単一の意思決定のトップに集約されそうな定義だが、まず幅がある定義なんだということ。そして、1人によって完成される定義でもないということ。そして、前川くんこそが、創業の3人をバカのままにせず、リーダーたらしめてくれたそのファーストフォロワーであったということ。今の自分たちにとってはすごい示唆のある動画であり、またその意思決定と行動を動画そのままに地でいってる前川くんに大いなる尊敬の思いを抱きました。

木曜日夕方は、DNX Ventures倉林さん主催のSaas部に向かって勉強させていただく。倉林さんからのSaaSベンチャーのトレンドやファイナンスのあり方も大変勉強になったし(半年前がいかに無知で適当な状態でコミュニケーションとっていたかかがわかる、恥ずかしいつらい)、後半のSansan寺田社長のセッションも非常に面白かった。リスクは とれる/とれない とるべき/とるべきじゃない の4象限に常に分けて判断すること、会社がある程度のステージを超えていく中で自分の求めるもの、立てる問いの磨き込みにドライブをかけることの大切さ(具体的には、創業後4年目くらいで、世界を変えたいのか、世界一の会社を作りたいのか、どっちなんだという問いに徹底して向かい合って磨いた、とのこと)を学べてすごいよかった。

あとは、オフィス移転の話をひきつづき。椅子の調達やらルーターの手配や、オフィス移転パーティーの案内やら。ルーターとかはさっぱりわからないので専門家に完全に任せる。聞きまくれる人がいると本当に頼りになる。

移転パーティーについては、まあ飲み会を大々的にやってる場合ではないのだが、こういうところで幅広くお世話になった人たちやこれからなるであろう方々とコミュニケーションとったり、変化のポイントを作っておかないと、と思い僭越ながらやることに決めました。

あと、今週面白かった記事はこちら。佐久間さんのSaaSへの想い。やはり顧客と継続的な関係を構築しながら、提供価値を改善し続けていくというビジネスの面白さ、そしてその世界観の正しさを僕も痛感します。

あとは、こちらの東大の卒業式の式辞もよかったです。
僕がすごいグッときたのは、1. 極端な事例から全体を知ることの価値 2.多様性尊重の意義についてです。

他者との深い交流によってリアリティを獲得していくこと、そして共感・多様性尊重を前提とした幸福な、意義ある社会の創造というのは自身が会社をやる、組織を作っていく上でもここまで言語化できてなかったですが、それこそ大いに共感できる要素でした。これから「多様性を活力とした協働」ってめっちゃ使っていきたい想い。

もう一つの大切な点は、個別的で例外的な事例であっても、注意深く目を凝らせば、そこにも全体を語る力があるということです。現代社会はグローバルな広がりを持ち、関わりのあるすべての人の意見や態度を直接見聞きすることなど到底できません。しかし、諦めてはいけないのです。むしろそこで、身近な少数の人の考えをとことん聴き、共感し議論を交わすべきなのです。それを通じても、より広い社会の人々の動向を理解するための重要なヒントを得ることができるからです。

現代では、より大規模なデータを扱うことは格段に容易になりました。しかし、データがいくら大きくても、十分な吟味なく表層的に抽出した、多数とか平均といった結論は、社会を的確に捉えたものにはなり得ません。むしろ、自分が「この人なら」と思える友人や同僚、先輩ととことん話をしてみて、その人が何を考え、どんな思いで行動しているのかを、じっくり聞くことの方が、得るものは大きいはずです。そこで自分の考えを伝え、議論を交わしてみることです。自分とよく似た人ではなく、違った意見や好みを持っている人と意識的に話すことがとても重要です。そうした他者との交流は、エネルギーの要ることかもしれませんが、必ずや、そのエネルギーに見合うものをお互いに得ることができるはずです。
その問いに取り組むうえで大切な規準が三つあると、見田先生は述べています。第一にpositiveであること。positiveとは、現在あるものをそのまま受容し承認することではありません。今は存在していないかもしれない、真に肯定できるものを前向きにつくり出していくということです。第二にdiverseであること、文字通り多様性を尊重することです。第三はconsummatoryであることです。見田先生は、これはとても良い言葉だが適切な日本語に置き換え難いと断りを入れたうえで、instrumental すなわち「手段的」「道具的」といった認識とは反対の境地だと論じています。それは、私達が行う現在の活動について、未来の目的のための手段として捉えるのではなく、活動それ自体を楽しみ、心を躍らせるためのものと捉えるということです。語源を探っていくと、con-は「ともに」という意味であり、summateは「足し合わせる」という意味ですから、ただ一人だけで楽しむということではありません。
まもなく「ポスト平成」の時代が幕を開けます。そこでは、誰もが同じ未来を見据え、同じ目的に向かって邁進することに迷いのなかった高度成長期とは違う生き方が求められるでしょう。一人一人が本当に心を躍らせることのできる理想を探し、その経験や感覚を大切にしながら、同時に他の人の楽しさをも尊重して生きていくべき時代です。みなさんには、たとえこの先、忙しさに追われがちな日々を送ろうとも、「自分は今、心躍らせることのできる仕事や活動をしているのか」と自分に問うことを、是非忘れずにいてほしいと思います。
さらに、そのような問いかけを、自分のみならず、他の人にも投げかけ、ここでいうconsummatoryな感覚を分かちあってほしいと思います。自分も他者もそれぞれに、ともに心躍らせている、そのような質の高い「共感」こそが、新しい社会を望ましい方向に向かわせる推進力になると私は考えます。全員が一つの幸福に向かうのではなく、多様な幸福が共存し、緩やかに結合する。そうした社会のあり方を、まさにともに心躍らせる活動として模索してください。それが「多様性を活力とした協働」なのです。私はみなさんに、そのような活動を牽引する、新たな時代のリーダーになっていただきたいと願っています。



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