221119
出口が見つからなくなってひとりではもうどうにも立て直しができないとおもっていたときに、犬の夢を見た。
金曜日。仕事に行けなくなってベッドにも上がれず床で横になっていたら寄り添うようにそばに来て眠ろうとしてくれた。そうだどうせ休んだし散歩につれていってあげよう、とおもって彼の身体に触れたら思いのほか熱くてすぐに「熱がある!」と起き上がった。家のなかを探し回って犬用に使っていた体温計を取り出し熱をはかったら37.2℃でまったくないどころかむしろ低くて「熱がない! どうしよう!」と慌てたところで目が覚めた。けっきょく散歩にはつれていってあげられなかった。
目が覚めたあと、母に連絡をした。きょう帰っちゃおうかな、と。母はいつでもいいよと言ってくれたのでその勢いで実家に帰る支度をして家を出た。
久しぶりの実家はすこしずつマイナーチェンジを繰り返しつつ、でもちゃんと〝帰る家〟だった。
仕事から帰ってくる母を、夜ごはんを作って待つ。実家にいたころはほとんど料理をしなかったけれど、ひとりで暮らすうちに存外料理も苦じゃないかもしれないと気づいた。他人に食べさせるのはどうにも苦手意識があるけれど、母に作る料理は苦にならない(出来上がった肉じゃがは味が薄くて失敗だったけれど)。
母とたくさん話をした。他愛のないこと。さいきんのこと。体調のこと。仕事のこと。もうどうにもわからなくなっていることが話すことで解けていくように、じぶんがどうしたいのかを見つける一筋のひかりを得た。
じぶんをいちばんにだいじにしなさい。
ほかのひとはそれぞれ勝手にじぶんのことをだいじにするから気にしなくていい。
いまのあなたにひとを気にかけるほどの余裕はないからまずはじぶんのことを考えなさい。
でもなぁ、とおもうわたしを見透かして、慈悲の心を持つなと言わんばかりに背中を蹴り飛ばしてもらったので、ようやく、ようやく、いまの仕事を辞める決意をした。
決意が揺らがないように、Twitterにもここにも残しておく。わたしはもう辞めるぞ。年内で辞めてやる。月曜日になったら上司を呼び出すんだ。やってやれ!
いまの職場には、わたしにしては長く居られた。決定的になにかが悪いというわけではないし、外から見ればホワイト職場に違いないとおもう。けれどどうにも、カカオ89%チョコレートをホワイトチョコで包んだような苦い息苦しさをいつの頃からか感じるようになっていた。だれかがわるいわけじゃない。だからこそ、どこにもぶつけられない怒りの感情が山火事のように延焼を続けていた。もうずいぶん、長い間。
心療内科の先生はいつも休むことを推してくる。それをどうにかはねのけて(休んだところでなにも改善されることがないのがわかっていた)、薬でどうにか対抗してまで、いまの環境に身を置くほどのメリットがもうとっくになくなっていた。もうよくやった。充分やった。もう。
犬もきっと、もういいぞと言いにきてくれたのかもしれない。そう都合よく受け取っておこう。
そんな彼の命日がもうすぐやってくる。ことしで11年。肉体がなくなってからもうそんなにも時間が経っていた。いまでもわたしたちの家族で、彼のことを思うたびに涙があふれてしまう。寂しがりやで家族のことがだいすきで食い意地が張っていてだれよりも賢い犬だった。