お誕生日のウエストのチョコパイの話。

今日は「忘れられない一皿」について書いてみようと思う。ちょうど誕生日が近かったこともあってか、まっさきに思い浮かぶものは「ウエストのチョコパイ」である。

知ってますか、ウエストのチョコパイ。ウエストとは、リーフパイで有名な銀座ウエスト。乾いててサクサクしてるやつばかりじゃなくて生ケーキも売ってるんですよ。小学生のころ、誕生日に父親だか歳の離れた姉だかが買ってきてくれて、そのあまりのおいしさに、毎年毎年誕生日といえば「ウエストのチョコパイがいい!」とリクエストをして父親に買ってきてもらうようになったのだった。

そんでチョコパイっていうのは、ホールケーキなんである。薄ーいタルト生地みたいなんだけどちゃんとパイ生地なのが土台で、チョコ味のプルプルしたババロアみたいなのが中身。

ただ甘いんじゃなくてちょいビター風味も忘れてない絶妙なバランス。その上にまた、泡立て・甘さパーフェクトなあんばいの生クリームが乗っている。デコレーションだって、星型の絞り金で安っぽくうねうねしてたりなんかしないんだ、なんかすべすべした楕円のホイップに縁取られて、ほんとうにおしゃれな姿であった。

誕生日当日は家族の手前、お上品に 30°くらいの角度でカットしてもらって、あったかい紅茶を淹れてもらって大事に大事に食べる。次の日は学校から帰ってきて、冷蔵庫にしまってある残りを取り出し、45°くらいを欲張りに切り出してモリモリ食べるのがまた背徳の喜びであった。今日くらいはいいでしょう、だってわたしの誕生日のためのケーキなんだから。

ほんとうに毎年毎年、わき目もふらずに誕生日にはチョコパイをリクエストし続けてきたのだけど、高校生だったか大学生だったか、わたしがもう大人になりかけたころ、なんと、ウエストはチョコパイの販売をやめてしまった。大ショック。しかし父親はそんなことではへこたれなかった。「子どもが食べたがってるから作ってくれ」と言い張り押し通して、その後も特注でチョコパイを作らせ続けることに成功したのだった。

うちの父親はほんとうに変人でいっしょに外出すると恥ずかしいことだらけだった。小学生の時分は、習いごとで帰り道が暗くなると父親が駅の近くまで迎えにきてくれたのだが、部屋着の浴衣の着流しのまま来るのが、思春期にさしかかったわたしには、恥ずかしくて我慢ならなかった。

大人になってから初任給で何かプレゼントするよと、両親とデパートに行った際には、売り場をぶらぶらしていて店員さんに「よろしかったらお試しください」と声をかけられ、「全然よろしくないから要らない」と融通がきかなすぎて意味がわからない返答をして店員さんを苦笑いさせていて、それがまた恥ずかしくて我慢ならなかった。

かように強情で他人とのコミュニケーションのありかたが風変わりな父親であるが、チョコパイに関してだけは、モンスター顧客に対応しなければならなかったウエストの店員さんには申し訳ないが、ゴリ押しで買い続けてくれて感謝の気持ちでいっぱいである。

そんな父親も 10 年以上前にこの世を去った。最後の 1 ヶ月は緩和ケア病棟に入れてもらうことになり、母親と姉とわたしでかわるがわる見舞うことにした。なんでも食べたいものを言ってね、と、今度はわたしが父親のリクエストを聞く立場になった。父親は、前の日にテレビで観たクリームパンが食べたいなあ、と言った。じゃあ今度買ってくるね、と言ってその日は別れた。

でもわたしは、クリームパンを買っていってあげることはできなかった。まだ 1 歳だった息子が水ぼうそうにかかり、そのあと続けてインフルエンザにかかってしまって、まるまる2 週間、父を見舞うことができなくなったからだ。そのまま父親は逝ってしまった。しかたないので、棺にクリームパンを詰めて一緒に送り出すことにした。わたしも食べてみたけど、うまかったよ、クリームパン。

いまでも本店に行けば注文できるはずなんだけど、自分では頼む気になれないものですね。もう二度と食べないかもしれない、ウエストのチョコパイの話でした。

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