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すすめたのは、あなただ。そして、めぐりめぐって小説を書くようになったのも

 リチャード・ブローティガン「アメリカの鱒釣り」

 大昔、高校時代の話だ。とある友人が私にこの本をすすめてくれた。変わったタイトルである。表紙も変わっている。60年代のヒッピーである。私にとって、異世界だった。
 そのころは、60年代の風潮やヒッピー文化は、すでに消え去っていたが、私は読んだ。
 断片で書かれた小説で、よくわからなかったが、心惹かれるものがあった。
 その後、ブローティガンの小説をすべて読んだ。私は小説好きになっていた。中身はまったくちがうが、スタイルが似ているカート・ヴォネガットの小説を発見して、この作家の本もほとんど読んだ。そして、最後に、村上春樹の小説を見つけた。
 これは、ブローティガン、ヴォネガットを経て、完成したスタイルの到達点だ、と私は思った。

 ポロン、ポロンと、ピアノ初心者が恐る恐る鍵盤に指を当てるように、私は、小説を書き始めていた。

 数十年後、同窓会で、その友人に会った。「アメリカの鱒釣り」を私にすすめた理由を聞いた。
 友人は、その小説を私に、すすめたことを覚えていなかった。いや、「アメリカの鱒釣り」という小説があったことさえ、覚えていなかった。
「え? 『アメリカの鱒釣り』って何?」
 と友人は言った。

 そういうものだ。

 すすめたのは、あなただ。そして、めぐりめぐって小説を書くようになったのも。

 でも、いまさらそんなことを言っても、意味がない。

 私は小説を書き始めてしまった。そして、読書の快楽と地獄を知ってしまったのだ。

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