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四季のように髪の毛を

題字:タナカカツキ

「老いの初心者として」のシリーズ第3話です。
第1話は、こちら
第2話は、こちら

*以下の文章に「ハゲ」という表記が登場しますが、差別的な意図はありません。言葉そのものがどうにもこうにも不快という方は、このページを閉じてくださいませ。


それに失敗はない

先日、イルリメこと鴨田潤さんとお茶をしていた。イルリメこと鴨田潤さんは、トラックメイカー、ソングライターにして文筆家、最近はアニメーション制作をブリブリッとこなす人です。私は彼の作り出すものが音楽、文章もろもろ含めて、本人には言ったことないけど大好きで、会うたびに予期せぬ方向から言葉の剛速球を投げ込んでくるのが楽しくて、私から時々お茶どうすかどうすかと誘い出している間柄であります。
私といくつ年が離れているのか知らないけれど(年の差をぜんぜん気にしなくなってしまうのも『老い』かもね)、とにかく10歳以上は年下だろう。

この日も、京都のとあるやたらでかい庭が見えるカフェで、最近のイルリメさんのアニメーション制作環境や、家庭菜園、最近淹れはじめたというコーヒーのことなどについてあーでもないこーでもないとお話した。オープンエアの日陰席に座ったつもりが、おしゃべりの長さより太陽の移動速度が早くて、半ズボンのおっさんふたりは2度3度とテーブルをえっちらほっちらと日陰に移動させながら話し続けた。私の情報網にはひっかからない話が矢継ぎ早に繰り出されてくるので笑ってはメモ、笑ってはメモ、と忙しい。

そんななか私が「自分の『老い』について、忘れないうちに書いておこうと思うんだよね」というと、イルリメさんはこちらを向き、
「ガビンさん、あの〜、なんでハゲていく過程を表す言葉がないんですかね? 先人たちはなんで『そこ』なんでやってないんすか?」
と言う。

『そこ』?
ハゲていく過程? を表現する言葉?
「ごめん、ちょっとわからんかも。『そこ』あんまり気にしたことなかったわ」
と正直な感想を伝えつつ、なんとなくその場の気の流れをナチュラルに汲んで、かぶっていた野球帽を脱いで頭部を丸出しにする私。
「かなりに進んできてると思うんだけど、いまの話でいうと、どういうこと?」
 いいおっさんが、あたまを差し出す。それを歯医者が口の中を覗き込むような視線で、細部を確かめるイルリメ氏。
「あ〜〜〜、ガビンさんは『成功してるハゲ方』なんですよ。まず全体が均等に薄くなってきてるでしょ。それにあわせて白髪も均等に進んでて、うまいことやってるじゃないですか」
 と、ちょっと残念そうに言う。
 うまいことやってるつもりはないが……というかうまいとか下手とか考えたこともなかった。
普段、自分の頭髪の薄くなり具合にあまり関心を持っていなかったが、日によっては鏡で見てその薄くなり方をギョッ!とすることもあり、頭髪気にしないと思ってるつもりがギョッ!としてる自分にまたギョッ!としてたりはするのだが、『成功』って?『うまいこと』ってどーゆーことですか。

イルリメさんは続ける。
「いや、でもね、いま『成功してる』って言いましたけど、それじゃまるで『失敗してるハゲ』があるみたいじゃないすか? でもそんなのないわけですよ、ハゲに成功も失敗もないじゃないですか」
「そりゃそうやね。本来恥ずかしいもんでもないはずやね」
「そうなんですけど、『言葉』が足りないと思うんですよ。四季の移ろいのようにハゲていく過程を表す言葉が」

四季の移ろいのように……パンチラインいただきました。

イルリメさんの主張を僕なりに整理すると、こんな感じか。
・例えば黒髪のまま生え際が後退していったり、頭頂部から薄くなっていく場合、そこでは「これはキテるかな」「いやまだキテない」「ここまでキたら認めるしか?」「いやまだまだ」「これはもう…‥いや」「もう完全にハゲとるやないか!」というそれを自分で認める/認めないという葛藤がある、と。
・その「キテる/まだキテない」二分割そもそも必要じゃないですよね?
・「その時々の景色」があるだけのはず。
・しかしそこには景色に名前がないために、ハゲてる/ハゲてないのゼロイチの判断しかない。その景色はないことになってる。
・なぜ言葉がないのか?
・これは先人たちがサボってきたからでは?

確かに確かにと首をかっくんかっくんさせながら、ほぼ入っていないコーシーを啜っていると
「ところでガビンさんはどう思ってるんですか?」
と、問われた。毛髪問題をどう思っているのか。

毛髪にしがみつきたい

『老い』について考える時に、特に男性の場合毛髪問題を切実に感じている人が多いであろうことは理解しているつもりだった。しかしながら、自分のこととなると、いまひとつ焦点が合わない。どこかに切実さを置いてきてしまったような気がする。

とはいえ、何か僕なりに話してみる。
「ちょっと思い出しながら話してみると、20代30代くらいの時に『しがみついていこう』っていうのは決めたんすよ」
「なんすかそれ」
「こう、毛髪が薄くなってきた時に、スキンヘッドにする、みたいな選択肢があるじゃないですか。そしてそれを清々しいとか、男らしいとするような風潮がありますよね。あそこには乗らんぞとずいぶん昔に決めたんですよ。どういう思いでそう決めたのかは、今となっては思い出せないですけど。なんか『しがみつき派』のことを馬鹿にしてる感じが嫌だったんだと思うけど」

おそらく僕が20代くらいの時はいわゆるバーコードとかをバカにする風潮が強かった。ダメな中年の風刺のステレオタイプとして扱われていたし。それがなんとも居心地悪かった。
残念なことにバーコードはほぼ絶滅してしまったけれど、あれはバカにされるようなことでもないと思うんだよね。しかしこの話は書き出すと非常に長いのですが、バーコードを馬鹿にするような人間にはなりたくないな、と思った。
話を戻しましょう。

ガビン「それで、イルリメさんとしては、その薄くなっていくプロセスをどんな風に表現したらいいと思ってるんですか?」
イルリメ「なんでもいいと思うんですよ、フレンチ型でもなんでも」
ガビン「フレンチ型はさすがに違うでしょ、なんか違う意味でるでしょ」
イルリメ「なんでもいいんですよ、ハゲの分類でいうとM字型とかっていうじゃないですか、ああいう『型』に加えて『段階』を表す言葉があるといいと思うんですよね」
ガビン「あー、『型』だけじゃなく、そこに『時間』を入れたいと」
イルリメ「M字型でも第1段階、第二段階とかあるじゃないですか」
ガビン「それをひとことで表す言葉‥‥うーんなんだろ『麦秋』とかですかね」
イルリメ「なんでもいいですよ」
ガビン「『サンセットビーチ』とか……」
イルリメ「なんでもいいですよ」
ガビン「なんでもええんかいな」
イルリメ「それを名付けられると、それが『ある』ってことになるじゃないですか。そうするとコミュニケーションも生まれますよね」
ガビン「コミュニケーション、そこ大事なんですね?」
イルリメ「大事ですよ。子供が産まれたばっかりの時ってめちゃくちゃ大変じゃないですか? でも世の中のママさんたちが、その時のことをめちゃくちゃSNSとかにアップしてくれててね。今のつらさしんどさとかを。そういう無料のコンテンツがめちゃくちゃあるじゃないですか。子供が産まれた時、アレに助けられたりしませんでした?」
ガビン「しましたねえ。大いにしたねえ。SNSなかった時はどうしてたんや?と思うくらいに」
イルリメ「ハゲにはそれがないんですよね」
ガビン「発してない?」
イルリメ「誰も発してないです、まったく。だから名前がつくとね、発しやすくなるじゃないですか。そこを先人たちが、やってきてないんですよ」
ガビン「ああ、すいません……て、僕が先人を代表せんでもいいか」

とか、なんとか。特にオチがある話でもない。
家帰ってこの話を妻にしたら「いまのあなたの状態を名付けるならなんなの?」と尋ねられた。
「朧月とか?」
「ぽいね。電球の光が反射してる感じが」
とのこと。

毛髪に関しては、これまであまり考えたことなかったんだけど、書くこと山程あることがわかったので、また書きます。


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