『サイバーパンク2077』でも重要な、“ライフパス”の原点を探る
度重なる発売延期に加えて、発売されてからもバグだの返金だのと騒動を巻き起こしつつも、世界的に大ヒットしている『サイバーパンク2077』。この作品が、過去にテーブルトークRPGとして発売されたゲームのルールと世界観をベースにしていることは、発売前からいろいろな形で伝えられているので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
『サイバーパンク2077』に盛り込まれている要素のひとつである“ライフパス”も、原作であるTRPG版に存在しているものです。ただし、ライフパス自体の仕組みは、TRPG版『サイバーパンク2.0.2.0.』【注】とはかなり異なっています。
【注】『サイバーパンク2077』の原作であるTRPG『Cyberpunk』は、1988年に第1版が誕生して以来、1990年に英語版、1993年には邦訳版が発売された『サイバーパンク2.0.2.0.』、そして2005年の『Cyberpunk V3.0』と、何度か版を重ねています。ちなみに2020年11月には、『2077』と『2.0.2.0.』の中間の時代である2045年を舞台にした英語版第4版ルール『Cyberpunk Red』が発売されました。ここでは日本でも海外でも最も知名度が高い『サイバーパンク2.0.2.0.』を、TRPG版の代表例として扱うことにします。
キャラクターの過去を決める「ライフパス」
ビデオゲーム『サイバーパンク2077』では、主人公は「V(ヴィー)」という名前で固定されています。Vの性別や外見はプレイヤーが自由にカスタマイズできますが、ゲームの物語が始まるまでのVの人生は、いったいどういうものなのでしょうか? それを表現するのが「ライフパス」のシステムです。
『2077』のライフパスでは、ストリートキッド、ノーマッド、コーポレートという3種類の出自の中からいずれか1つを選ぶと、それぞれの出自に用意された独自のオープニングストーリーをプレイできます。これはフルボイス・フルインタラクトが当たり前な今時のビデオゲームとしては、非常に贅沢な作りだと思いますが、TRPG版『サイバーパンク』で採用されているライフパスの概念とは、かなり異なるものです。
TRPG版では、プレイヤーが自分の操るキャラクターを作成する際に、10種類のロールの中から自分がプレイするロール(職業やライフスタイル)を1つ選択できます。ちなみにTRPG版の10種類のロールの中に、コーポレートとノーマッドは存在しますが、ストリートキッドは存在しません。
しかしロールの選択は、じつはTRPG版では「ライフパス」ではありません。ロールとはあくまで、プレイヤーキャラの現在の職業や生き方を示すものなのです。これに対してTRPG版のライフパスは、そのキャラが生まれ育った環境とこれまでの経歴を、具体的に作成するものです。しかもその作成法はというと、いくつかの表を参照してサイコロを振ることで、ランダムに生成される形になっています(表の項目からプレイヤーが自分の意思で選択することも可能です)。
つまりTRPG版『サイバーパンク』においては、プレイヤーが自分の分身となるキャラクターを作成した時点で、そのキャラの能力値や装備(肉体改造)などと同時に、親に捨てられたり、兄弟同士で憎しみ合ったり、運命の恋人と死別していたりといった、複雑な因縁やしがらみに彩られた経歴ができあがっているというわけなのです。
ライフパスの起源は、日本のロボットアニメにあった
じつはライフパスのアイデアは、TRPG版『サイバーパンク』独自のものではありません。これはTRPG版の作者であり、『2077』の開発にも全面協力しているマイク・ポンスミス氏が生み出した、どうやら本人にとっては非常にこだわりのあるシステムのようなのです。
マイク・ポンスミス氏は、自身の経営するTRPG出版社「R.タルソリアン・ゲームズ」を起業する以前の1985年に、日本のロボットアニメに多大な影響を受けたTRPGを出版します。それが『MEKTON(メクトン)』【注】です。
【注】『MEKTON』というタイトルのゲームが最初にリリースされたのは1984年ですが、英語版Wikipediaによると、そちらはロボットアニメを再現したボードウォーゲームで、TRPGではなかったとのこと。
R.タルソリアン・ゲームズ設立後の1987年、『MEKTON II』として第2版ルールが出版された際に、初めて導入されたのが「ライフパス」のシステムです。英語版Wikipediaの「Interlock System」の記述によると、もともと『MEKTON』第1版のルールにキャラクターの背景を作成するシステムが存在しており、それを本格的に拡張したものがライフパスであるようです。
▲『MEKTON II』の表紙。まったくの余談ですが、筆者はこのカバーアートの作者であるベン・ダン氏と、晴海時代のコミックマーケットの会場で会ったことがあります。
※画像は「Amazon.com」の商品ページより引用
TRPG版『サイバーパンク』の第1版は、『MEKTON II』がリリースされた翌年の1988年に出版されており、そのためライフパスのシステムも、ダイレクトに流用されています。キャラクターのファッションや生家の社会階級といった各項目の具体的な内容こそ、ナイトシティの世界観に合わせて改変されていますが、システムの根幹はほぼそのままだと言えるでしょう。
『サイバーパンク2.0.2.0.』のライフパスでは、1年ごとにキャラクターの身にどんな事件があったかどうかを決定するという、かなり細かいシステムも用意されていますが、さすがに『MEKTON』にはそこまでのシステムはありません。このあたりはあくまでTRPG版『サイバーパンク』独自のルールとして拡張されたものでしょう。
TRPG版『サイバーパンク』がR.タルソリアン・ゲームズの看板商品となる一方で、『MEKTON』も地道にエキスパンションの発売やバージョンアップを重ねていきます。1994年には第3版ルールである『MEKTON Z(メクトン・ゼータ)』が出版されています。
▲第3版ルール『MEKTON Z(メクトン・ゼータ)』の表紙。「多次元機甲戦士道」という漢字のフレーズが、じつに味わい深いものとなっています。
※画像は「DriveThruRPG」の商品ページより引用
マイク・ポンスミス氏が『MEKTON』で表現しようとしたのは、『ガンダム』『イデオン』『マクロス』といった1980年代のロボットアニメ、それもいわゆる「リアルロボット」と呼ばれる作品群の世界観です。ポンスミス氏としては、これらのアニメの中核となっているのが主人公を取り巻く人間関係、とりわけ家族や友人との間で渦巻くドロドロとした愛憎関係だと看破したのではないでしょうか。そのため、巨大メカの戦闘などと同等以上の比重で、このライフパスのシステムが盛り込まれたのだと思います。
その愛憎関係のドロドロを、近未来の電脳社会にまるごと移植するのが正しいのか否かは、筆者にはなんとも判断がつきません。とはいえ、実際に形になったTRPG版『サイバーパンク』のライフパスでは、自分の実力だけが頼りのハードボイルドな社会であるナイトシティを生き抜く人間の、ワケアリな過去が重量感たっぷりに表現されており、これはこれで正解なんだろうとは思います。
まさかのオフィシャル商品となって日本に逆上陸!
……と、ライフパスシステムの原点を探る文章としては、ここまでで十分に成立しているのですが、じつはライフパスを巡る出版事情には、さらに意外で奇妙な展開が待ち受けているのです。
英語版『MEKTON Z』発売から6年が経過した西暦2000年、『MEKTON』シリーズ初の邦訳版が、アスペクトから突如として刊行されます。しかもそれは『MEKTON Z』の原書に忠実な翻訳ではなく、背景となる世界観がなんと『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀にまるごと変更された、サンライズ監修の公式ライセンス商品であるTRPG『ガンダム戦記 一年戦争全戦闘記録』となっていたのです!
そりゃたしかに『MEKTON』の元ネタは『ガンダム』をはじめとする日本のリアルロボットアニメでしょうが、それをそのまんまオフィシャルな商品に入れ戻すというのも本末転倒というか、空気を読めないというか……ゴニョゴニョ。
※画像は駿河屋の商品ページより引用
▲『ガンダム戦記』が『MEKTON Z』である何よりの証しとして、裏表紙には「MEKTON」のロゴが「多次元機甲戦士道」も込みで、しっかりと印刷されています。
背景世界は地球連邦とジオン公国が激突する宇宙世紀の一年戦争時代になっており、登場する巨大メカも『MEKTON』独自のパチモンくさいものから、ガンダムやザクといったオフィシャルなモビルスーツに変更されていますが、根幹となるルール自体は『MEKTON』そのもの。しかも、世界設定を説明する(というかファーストガンダムの戦史を紹介する)文章こそあれ、それらの設定をTRPGのゲームシステムにどう反映させるかはプレイヤーに丸投……じゃなくて委ねられているため、ルール部分だけを見れば、ほぼ『MEKTON』の邦訳となっています。
というわけで、ライフパスのチャート自体も、特にガンダム世界に合わせた改変などはなく、『MEKTON』そのままのテイストを味わえるようになっているのです。
▲さすがにチャートをまるごと載っけちゃうとアレなので、一部の拡大になってしまうのですが、『MEKTON』独特の微妙に分かりにくい髪型の説明なども、比較的原文に忠実?に翻訳されています。
せっかく邦訳版が筆者の手元にあるのですから、以下の有料部分では、このライフパスチャートを使って実際にキャラクターの経歴を作成してみようと思います。はたしてどんなキャラクターの人生が生み出されるのか、お楽しみに!
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