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ショートストーリー「働き蜂の悲劇」


僕は結構、ハマったらハマる。
同じゲームを何年もプレイし続けられるし、ハマったアニメのグッズはとことん集めてしまう。
小学生の時から会社員になった今までずっと、ハイチュウは欠かさず持ち歩いている。

 別に新しいものが嫌いなわけではない。ただ、好きなものをずっと好きでいたいだけだ。


そんな僕が、最近新しくハマったものがある。
ローソンで売っているチルド飲料の『ハニーラテ』だ。
会社の斜向かいにあるローソンで昼食を探していたとき、偶然見つけた。
その日は、ハニーラテ以外にはブラックコーヒーとミルクティーしか残っておらず、しかし僕は甘いコーヒーが飲みたかったのだ。
消去法でハニーラテを選択し、購入。

一口飲んだ時の衝撃。

まず蜂蜜。ガツンと脳内に響く、これでもかという激しい主張。中2の男子が部屋のドアを閉めるときのような衝撃だ。
続くのは、その中2男子を優しく包み込む、ミルクの甘さ。蜂蜜のやや尖った甘さをうまく中和させつつも、個性を尊重する心の広さを感じさせる。
コーヒーの苦味は、中2男子が薄々感じているものの目を背けている現実のように、背後にひっそりと佇む程度だ。

これはもう、色々な意味でハマる以外の選択肢はない。
一瞬で虜になった。


***


翌日の昼休みは、後輩も買い出しに行くとのことで、一緒に会社を出た。
ローソンに着くと、お弁当コーナーを目指す後輩の横をすり抜け、一番にチルド飲料のコーナーへ足を運ぶ。
あった。
迷いなくハニーラテを手にとった僕を、後輩が不思議そうに見る。

「なんすか、それ。うまいんすか?」

「飲んでみればわかるよ」

やや思案顔を浮かべた後、彼もハニーラテを手に取る。
彼は絶対気に入るだろう。
なぜなら、彼のデスクには、の『はちみつ100%のキャンディー』が常備してあることを、僕は知っているからだ。

「めっちゃうまいっすね!」

一口飲んだ後輩が、目を輝かせている。

「だろ。昨日偶然見つけて、絶対今日も飲みたかったんだ」

「俺、明日も飲むわー」

仲間ゲット。自分が好きなものを誰かが好きだと、好きを共有できるから楽しい。


***


あの衝撃から、早3ヶ月が経とうとしていた。僕らは相変わらず、ハニーラテの虜だった。
最初の頃は、昼休みになると後輩と声を掛け合いローソンへ向かっていたが、今はもうそんなことはしない。

自分が行く時に後輩が行かなければ、僕が2本買って後輩に渡す。
後輩が行くときに僕が行かなければ、その逆だ。
2人で行く時は、普通にそれぞれ自分の分を買う。

雨の日も晴れの日も、ハニーラテはボクらを待っている。しっかりと正面を向いて、手に取られることを確信しているような、自信満々の表情で。
このローソンのスタッフは、仕事がとても丁寧だ。全ての商品が、正面から文字が見えるように揃えて陳列されている。
もちろんハニーラテだけではなく、その横のカフェラテやココアも同様に。
もしかしたら彼らも、僕の手に取られるのを待ち望んでいるのかもしれない。毎回お隣のハニーラテばかりが取られることに、悔しさや嫉妬心を抱いているのではないか。

しかし、ごめん。

心の中で誤り、今日も僕の手は、ハニーラテに伸びる。

「僕らさ。同じような時間に同じローソンで、絶対ハニーラテ買ってるじゃん。顔とか覚えられてるのかな」

後輩と2人の時、ふと思い立った。
朝の通勤電車やスポーツジムなどで、名前も知らない誰かと必ず一緒になるということはよくある。
人間はそう簡単に生活スタイルを変えようとしない。3分後に次の電車が来るとしても、いつも同じ電車に乗ろうと駆け込み乗車をするし、スポーツジムで使うロッカーも、大体決まっている。
例にもれず僕もそうなので、結果的に同じところで同じ誰かを顔を合わせることになる。
コンビニでも、毎日ではないとは言え、2、3日に1回のペースで同じ時間に同じ商品を買っていれば、店員の記憶に残ってもおかしくはないだろう。

「あー、そうっすね。まぁかなりの頻度っすね」

「あだ名とかついてたりして」

後輩が、黄色い蓋に黒いストローを突き刺した。一口飲んだところで、こちらを振り返り、

「なんて呼ばれてるか、当てましょうか?」

にやりと笑いながら言った。

「なんだろう?教えて」

「”働き蜂”っすよ」

やばい。センス抜群。

「それ、めっちゃいい」

二人で爆笑しながら、ハニーラテを飲み、歩く。とても素敵な昼休憩だ。


そんな日々が、いつまでも続くと思っていたのに。


***


「…先輩。なんすかこれ」

「うん…。僕も今、ちょっと衝撃で言葉を失っている」

「「うっす!!!」」


なんということだ。
今日、昼休みになったので、いつものようにローソンへ行った。
そしたら、いつものようにチルド飲料コーナーには、僕らの手に取られることを心待ちにしているドリンクたちが、正面を向いて陳列されていた。
いつもと違ったのは、そう。

ハニーラテだ。

まず、パッケージが違った。
今までのはちみつ感を全面に押し出した写真入りのラベルから、若い女子ウケを狙ったような、おしゃれっぽいイラストに変わっていた。
容器も透明だ。
そして何より、値段が少し、変わっていた。
そう。
安くなっていたのだ。
内容量は変わらないのに、価格ダウン。
嫌な予感しかしなかった。
しかし、一縷の望みをかけて、

"パッケージを変えたことがコストダウンにつながったんだそうだそうに違いない…"

と自分に言い聞かせて、購入。
震える手でストローを突き刺し、おそるおそる、一口。

感想は、前述のとおりだ。

薄い。
薄いのである。

あの、はちみつのガツンと響く甘さが、どこにもない。
なぜだ。なぜなんだ、ローソン…。
僕らという熱狂的なファンがいるにも関わらず、なぜこのようなリニューアルを…。

「前のは甘すぎるって意見が多かったみたいっすね。ネットでは、こっちのハニーラテを賞賛するコメントが多くあるみたいっす」

後輩がスマホを見ながらいった。
その目には、最初にハニーラテと出会った時の輝きはなく、うつろだ。

「そうなんだ…僕らが少数派だったのかな…。商品は売れなきゃ生産中止になってしまうもんね」

「リニューアルして残っただけ、よかったのかもしれないっすね…」

そう。決して、不味いわけではないのだ。美味しいは美味しいのだ。

ほんのりと香る蜂蜜。
調和の取れたコーヒーとミルク。

これはこれで、美味しいのだ。
しかし、僕らの望むハニーラテではなくなってしまったのだ。

口に入れても、蜂蜜はもう攻めてこない。中2の息子は成長し、大人になってしまった。現実との折り合いをつけ、旅立ってしまったのか…。

「俺、明日から何を楽しみに昼休みを迎えたらいいのかわからないっす…」

「僕も…。とりあえず、ハイチュウ食べる?」

グレープ味のハイチュウを差し出した。

「いただきます…。相変わらず、うまいっすね…」

「子供の頃から食べていて。好きだし、いつも同じ味だから、なんだか安心するんだ…」

しかし、世の中には、変わらない魅力もあれば、変わっていく魅力もあるのだろう。

あぁ、無常。

おしまい

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