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未来の出来事をリリックに書いていくように

 例えば本を読み終わって、ちょっとトイレに行って、帰ってきて、ああ、面白かったなぁ、さて、どういう内容だったっけ、と思い出そうとして、何一つ記憶に残っていないことに気づいて、愕然とした経験が、みんなには、あるかな?
 僕はある。
 というか、そういう経験しかない。ずっとそうだ。
 僕は極端に物覚えが悪い、気がする。気がする、というだけで、本当はそこまでひどいことはなくて、実はみんなそういうものなのかな?と思ったこともあるけど、あんまりこういうことを相談できる人もいないし、そもそも人に「自分、なんか、物覚えが悪い、ような気がするんですけど」なんて相談するのはちょっと馬鹿っぽっくて、結局誰にもこういう話をしたことがないので、実際のところはよくわからない。
 大学時代、インターネットで誰かがリアルタイムにスラスラと昔読んだ本やアニメや映画の印象的なシーンを語ったり、さらに突っ込んだ深いような話を始めて、他のみんなも平気でそういう話についていったり、すごいときには変な大喜利みたいなことまで始めたりするのを見て、なんで?と思ったのを覚えている。そういうことは覚えている。最初はみんな、手元に本を持って、それをパラパラ捲りながら話しているのかと思ったけど、どうもそういうわけではないようだと次第に気づき始めた。僕は手元に本を持って、それをパラパラ捲りながらじゃないとその本の作者名すら出てこないような人間なので、みんなの話にまったくついていけなくて困った。これはおかしい、と本気で悩んだこともあった。僕が大学三回生くらいのときだった。その当時はアイドルマスターシンデレラガールズのゲームにハマっていたので、困ったときはアイドルマスターシンデレラガールズのガチャガチャのスクリーンショットを貼ってその場をごまかしていた。ガチャガチャのスクリーンショットを貼れば人とコミュニケーションを取れた気になれるから楽だ。今はアイドルマスターシンデレラガールズのゲームをやっていないから、誰ともコミュニケーションを取れなくて辛い。
 というような話を、ロフトの上にいるパンダに向かってとつとつと話しかけていた。夜だった。深夜というわけではなく、まだまだみんな外をうろうろとしているような時間帯の夜だった。僕はすっかり夜まだみんなが外をうろうろとしている時間に外に出るのに疲れてしまっていた。
 夜は家にいたい。
 落ち着くから。
 今日はさっきまで、変なパンダが住むロフトのスペースを掃除させられていた。ついに苦情が来たのだ。変なパンダが云うに、ゴキブリが出た、ここは汚い、あと臭い、とりあえず雑に積み上げられた小説や漫画だけでもなんとかしろ、とのことだった。
 しかし、なんとかしろ、と云われても、それらを自分の居住空間に移すのは嫌だったので(邪魔だから)、とりあえずその場しのぎにロフトの隅っこに小説や漫画を丁寧に並べてみた。すると結構よくなったのでびっくりした。整理整頓された空間は居心地良い。変なパンダに掃除したよ、と声をかけた。ロフトの上にあがったパンダはとくに何も云わなかった。あいつも僕と同じくらいアホなのかもしれない。ていうか、アホだ。
 とにかく掃除はしたんだから、今度は僕の話を聞いてよ、と、最近また怖くなってきた自分の忘れっぽさについての話をしたのだ。
「僕ってやっぱり、アホなのかな?変なパンダはどう思う?」
 訊くと、ドン、と強く床を叩きつける音が返ってきた。そんなに強く叩いて、ロフトの上の床が抜けてしまわないかと僕はハラハラした。幸い、変なパンダが上から落ちてくるようなことはなかった。僕は安心した。それっきり、変なパンダは何も返してこなくなった。死んだのかもしれない。
 僕は寝ることにした。
 そういえば、最近いちごちゃんに会っていないような気がする。
 いちごちゃんに会いたかった。

 つづく

いとうくんのお洋服代になります。