短歌「新月の夜にあなたがくれたのは淡く滲んだ月見バーガー」をコントにしてみると…

息子、ハンマーで自分の部屋の壁を壊している。

父「いいぞ!ぶっ壊せ!怒りに任せてぶっ壊せ!そうだやれ!」 
息子「うるせぇぇ!!」 

息子、ハンマーを何度も振りかざし、四方八方の壁がどんどん壊れてゆく。その破片が飛び散り窓ガラスが割れる。

父「俺にも貸せ」

息子、驚く表情。
父、息子からハンマーを取り上げ壁を壊し始める。

息子「な、何やってんだよ」
父「お前みたく、何も考えずに家の壁ぶっ壊してんだよ」
息子「おい!やめろよ!」

息子、父を止めようとするが父はやめない。
父、ひと通り壁を壊した後、室内のマンガ、DVD、望遠鏡などを蹴散らし、ハンマーを置く。

父「(肩で息をしながら)久しぶりに…お前の声聞いた」
息子「…」

父、再びハンマーを手に取り壁を壊し始める。

息子「おい!やめろって!」
父「いいんだよ。こんな壁があるからお前が引きこもりって言われんだよ!物理的に壁も家もなけりゃ引きこもりなんて言われねぇだろ!」
息子「やめろ!やめろって!」

室内にはコンビニ弁当の食べ残し、ペットボトルが散乱している。その上に壁の残骸が重なってゆく。

父「見ない間に随分散らかったな。飯…食ってんのか?」
息子「…(下を向き目線を合わせようとしない)」

父、ハンマーを置く。

父「母さん…出て行っちまったぞ。世間がお前のこと引きこもりって言うからよ。最初は"うちの子、今は家にいるだけなんです"って言ってたけど…10年超えた辺りから」
息子「知ってるよ」
父「そうか」
息子「俺…いなけりゃ良かった。もう…ぶっ壊してくれよ。家みたいに、そのハンマーで俺のことぶっ壊して終わりにしてくれよ!」

父、手元のハンマーを遠く、室外に投げる。

父「(怒声で)甘ったれんな!テメェ10年も引きこもってんだろ?だったらテメェが"もう限界ですやり切りました"ってとこまでやれよ!30年も40年も続けてる諸先輩方だっていんだろ?そこまでやれよ!」
息子「なんで…(大声で)なんで親が引きこもること後押しすんだよ!」
父「…とことん付き合ってやるから。俺、会社リストラされたからよ」
息子「は?どういうことだよ」
父「この家ぶっ壊すの手伝ってやる。そう言ってんだよ」
息子「何言ってんだよ」
父「1人で苦しかったんだろ?部屋ん中でたった1人で。…寂しかったよな。お前だって、なりたくてそうなった訳じゃないだろ」
息子「何だよ今さら」
父「今さらだよな。都合いいよな。俺も…何で働いてんのか分かんなくなっちまった。上から下から仕事押し付けられてよ。いつまでこれ続くんだよって。何の為に生きてんだか…そんな時にちょうどクビだとよ」
息子「…働けよ」
父「お前に言われたくねぇよ!」
息子「そ、そんなことで脅したってもう…家以外の生活、想像できねぇよ」
父「いいよ。お前は、あれだ。その、来世があると思え。だから今世は思う存分引きこもれ。それがやりたくて、どうしても、どうしても、心底経験してみたくて生まれてきたのかもしんねぇから。それ、とことん確かめろ」

息子、その場に座り込む。

息子「何だよそれ…」
父「あのな…お前何歳になった?」
息子「今、関係ねぇだろ。30だよ」
父「30歳か。お前みてぇにどうしようもねぇ奴でもな…いくつになってもよぉ、自分の子どもって可愛いんだよ。家が無くなっても、世間にどう思われても、どんなにみじめでも。お前が少しでも辛くなけりゃ、俺の人生、勝ちなんだよ。だから笑え。ほら…ハッ!!(両手を広げ変なポーズ)」
息子「…笑えねぇよ」

父、その場に座る。

父「お前も俺も、もう何もねぇぞ。金もねぇ。仕事もねぇ。母さんもいねぇ。…家のローンだけは残ってるか。いっそ酒にでも走るか?それとも借金してギャンブルでも始めるか?」
息子「酒飲めねぇだろ。おかしくなったのかよ」
父「違ぇよ。引きこもって自分と戦ってるお前見て、思ったんだよ。俺は働いて…正直、俺の方が偉いと思ってたよ。でも何も考えず仕事してた方が楽だったのかもしれねぇなって」
息子「働くのは…いいことだろ」
父「世間的、社会的にはな。でも、生きてんだか死んでんだか分かんねぇ、そんな時間過ごすことを"働く"って言ってんならどうだ?話変わってくんだろ」
息子「…」
父「だから、お前みたいな生き方も、俺は認めるよ。お前…戦ってんだもん。世間一般にはわかりづらいけどな。ほんと分かりづれぇんだよなぁ…(泣きそうになりながら)もっと…もっと分かりやすく戦えよなぁ(悔しそうに泣く)」
息子「分かりやすくって何だよ」
父「(鼻をすすりながら)何かあんだろ。今風によ。"現代版リアル方丈記やってみた"とかよ。動画配信でもしろよ」
息子「それこそ分かりづれぇよ」
父「そうか?出世に敗れ、地震、火事、飢饉、そんなん色々と経験した結果。辿り着きました!6畳間から配信します!みたいな。そんな設定でよ」
息子「どれも経験してねぇよ…」
父「…そうだな。ワンルームでできんだけどな。じゃ、あれだ。たまの外出時は"逃走中"って書いたTシャツ着るとかよ?(自分で言ったことに笑い、泣く)」
息子「泣くか笑うかどっちかにしろよ」
父「お前だって、必死に戦ってるって世間様に分かってもらえよ。だってお前、なんか悪いことしたか?してねぇだろ?何がいけなかったんだろうな…きっと、こうなる他なかったんだよ…誰も悪くねぇんだよ…」
息子「…」

父、立ち上がり、ハンマーを取りに行こうとする。
息子、力ずくで父をその場に留める。
父、尻餅をつき、そのまま立ち上がろうとしない。
2人、座る。
室内は散乱し、壁は崩れている。窓ガラスは割れ、風でカーテンがなびいている。床に転がった電波時計から20時を知らせるアラーム音が響く。

父「土砂降りだな」
息子「雨降ってねぇよ」
父「今日は月が出てねぇのか。俺とお前みたいだな」
息子「どういう意味だよ」
父「真っ暗ってことだよ」
息子「…新月だから」
父「ん?」
息子「今日は新月だから暗いんだよ」
父「お前…まだ星見てんのか?夜空…星空見んの好きだったもんな」
息子「…子どもの頃買ってもらった望遠鏡…今も毎日見てるから」

壁の瓦礫の下には、壊れた望遠鏡が転がっている。

父「…(壊れた望遠鏡を見つめながら)新月って何だっけか」
息子「…月が地球と太陽の間にある状態だろ」
父「それだと暗いのか?」 
息子「月は自ら発光してないから。太陽に照らされて初めて輝く衛星だから」
父「…そっか」
息子「分かってないだろ」
父「お前の説明が分かりづらいんだよ」
息子「地球から、月の裏側は見えないだろ?」
父「おう」
息子「新月の時は、地球から見えない月の裏側に太陽の光が当たってんだよ。地球、月、太陽の順に並んでるから。だから…地球からは月の影しか見えない。つまり普段より暗くなる」
父「…そうか。お前、星のことだとよく喋るんだな。10年前も、そんくらい分かりやすく説明できりゃあな」
息子「…」
父「ちょっと待ってろ」

父、立ち上がり部屋を出て行こうとする。
息子が止めようとするも父は「もう壊さねぇよ」と言い、息子は手を放す。
父、しばらくして戻る。手にはビニール袋を持っている。袋からハンバーガーを2つ取り出し、1つを息子に手渡す。

父「ほら。今日の晩飯。俺、飯作れねぇから」

息子、受け取る。

息子「冷たっ。ぺちゃんこだし」
父「昼に買ってそのまま鞄入れといたからな」
息子「…昼間に俺の晩飯考えてたってこと?」
父「…(窓の外を見ながら黙って食べる)」

息子、袋を開ける。出てきたのは月見バーガー。

父「ちょうど良かったな。月が出ねぇならテメェで明るくする他ねぇもんな(と言いながらむさぼり食う)」
息子「…」

父、食べかけの月見バーガーを夜空の月の位置に重ねてみる。

父「ああ、食う前にやりゃ満月だったな(と言って息子に欠けた月見バーガーを見せる)。ほら笑え」
息子「だから…笑えって言われて笑えるもんじゃねぇから」

2人、しばらく無言で食べている。
父、おもむろに立ち上がる。座っている息子を無理矢理引っ張り上げ、自分の横に立たせる。

息子「なんだよ。何すんだよ」

父、ポケットからスマートフォンを取り出し、割れた窓枠に立て掛ける。内側カメラにし、2人の全身が映るように立ち位置を微調整、録画ボタンを押す。

息子「何してんだよ?」
父「…はい、ということでね、6畳間からやりまーす!何もないブラザーズ…いや、ペアレント、あれ、親子…(小声で息子に)親子って英語で何て言うんだっけか」
息子「…ペアレント アンド チャイルド」
父「そうそう!我々ピーアンドシー!いやP&Gがお送りします!」
息子「(手で父をツッコミ)CMかよ!(自然とツッコんでしまった自分に驚き動揺)」
父「(横目で息子を見る。動揺してる息子を見て自分も動揺)…ハイ!(手を叩きながら)気を取り直しまして、ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。無常を地でゆくコンビでございましてね。こちらが元引きこもりの息子…(カメラに向かって何か言えとジェスチャー)」
息子「…(うつむいたまま)」
父「…ほら!…ほら、すごいでしょ!さっきまで引きこもってたんですから!ほやほやですから、そりゃこの反応ですよ!リアル!これぞリアル!10年、10年ですよ!部屋に入って、飯食う為に出てきて、入って、出て、入って、出て、の繰り返し。(息子にツッコミながら)お前はモグラかっ!って」
息子「…(ツッコまれても、うつむいたまま)」
父「…あ、ちなみに私。私はですね、55歳にしてリストラされた父です。嫌になっちゃいますよね。ほんと働くって何なんでしょうね。職なし、甲斐無し、ローンあり!っつってねぇ…(息子にカメラに向かって何か言えとジェスチャー)」
息子「…(うつむいたまま)」
父「…そうだ。今日はちょうど新月でしてね。いい記念だなぁーつって。撮ってる訳でございます。え?何がめでたいって?いやねぇ、(後ろを向きズボンのポケットからサングラスを取り出す。掛けつつ振り向き)世界が真っ暗に見えましてね。って真っ暗なのは私だけか!(息子に対しツッコんでこい!とジェスチャー)」
息子「…(うつむいたまま。ズボンを強く握る)」
父「(動揺し唾を飲み込む。汗を拭きながら)なんせ、引きこもりに無職ですからね。我々、絶望的ですよ。この先どうなるか分かりません。全く笑えません。そんな状況で…配信予定です。…でも…でもですね。我々、今、6畳ひと間にいるんですけど、たった今、たった今この瞬間だけは、可愛いコイツ、あ、倅ですね。コイツと同じ瞬間を過ごせてるんですよ。私。私はもうそれだけで、それだけで私の人生、勝ちですわ。屋根があって、飯が食えて、暖かい布団があって。あ、屋根はあるけど壁と窓ガラスはありません。諸事情でね、笑って下さい。そう、何にもない私達ですが、私は…私は最高に幸せです。だって倅が生きてるんですから。嫌だなぁとか、苦しいなぁとか、上手くいかないなぁとか。そりゃ全身で感じてますよ。幸か不幸か感じるんですよ。だって倅も私も生きてますからね(泣くのを堪える)…たった1人の倅なんですよ(泣くのを堪える)…こいつ、元引きこもり。今は引きこもりって言わないのかな?家ん中ずっといて。こいつ…もう使い物にならないですかね?優しい奴なんですよ。根はいい奴なんですよ。子どもの頃から星空ばっか見ててね。友達が泣いてた時なんか、よせばいいのに近寄って"そっか""そっか"って、友達が泣き止むまで背中さすって離れようとしない奴なんですよ。え?そんなの社会では役に立たない?そうですよね、分かります、分かりますよ。けど、そこんとこ、どうにかなりませんかね?こいつだけ、こいつだけでいいんで、どこかで使ってもらえませんかね…何とかなりませんかね?動画見てる人…どうか…どうか(泣くのを堪えるが、やがて下を向いてしまう)」
息子「(ゆっくりと、拳を震わせながら、下を向いていた顔を起こす。目に涙が溜まっている)」
父「…(泣いてしまい話せず下を向いている)」

スマホ画面は、未だ録画中である表示が点滅している。

息子「(小さな声で、やや片手を挙げ)はいどーも。(小さな声で)やさ、優しい奴から…消えてくんですよ」
父「(息子が喋り出したことに驚き、息子の顔を見る)」
息子「いじ、イジメられたり、ひ、引きこもったり、学校や会社になじめなかったり…多分、優しすぎる人から消えてくんですよ。あ、自分がそうだって言ってる訳じゃないです。でも、なんというか、ありきたりですが…続かないですから。絶望なんて言葉じゃ言い表わせないような状況は、実際あります。でも、その状況が永遠に変わらない、なんてことありませんから。ちょっとずつ、分からないくらいほんのちょっとずつですが、変わりますから。それを今日、父から教わりました。ぼ、僕も…途中ですけど、新月から満月って必ずなるんですよ。それは絶対です。僕、この目で見てますから。だから…だから…(精一杯大きな声でお辞儀しながら)我々、月見バーガーをお願いします!」
父「(驚いた表情のまま)け、結成して…5分でコンビ名変わるんかーい!(真顔)」

***(10分後)

2人、無言で座っている。床にスマホが転がっている。

父「さっきは…すまん。…これからどうすっかな」
息子「とりあえず…家、売れば?」
父「売ったらお前、どこに住むんだよ」
息子「母さん探して一緒に住む」
父「…それもいいけど、母さんもうすぐ帰ってくるぞ」
息子「えっ?出てったんじゃ?」
父「お前を置いて出て行くタマかよ。養えなくなったらお前を道連れにしてでも、最後までそばにいるって言ってたぞ」
息子「…恐ぇよ」
父「そうだ!!母さんいれてトリオ組むか?」
息子「…」
父「ほら笑え」
息子「だから笑えねぇって」
父「ハッ!!(変なポーズ)」
息子「(苦笑)」

暗転

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