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腹鳴恐怖症だった私と吃音症の娘NO.48 父親から受けた愛情分のお返しを・・・

今日で、夏休みも4日目、ボーッとしてたら、あっという間に終わってしまうわ・・・という勢いで、もう、3日も過ぎてしまった。

小学生最後の夏休みだというのに。

娘は一昨日、夏休みの2日目、私の勘違いによる病院行きが、来週と分かった時点で、ゲームが一日中できると、頭が切り替わったようで、日頃、仕事で疲れがたまっている主人と同じく、まったりと、その日は、ソファーの上で、ほぼ、一日過ごすことになったのでした・・・

ホントに娘は切り替えが早い。

乱れに乱れきった、ある意味、いつものことだけど、初めは、娘をコントロールしようとしていた私。

でも、それが間違いだったと気づいてからは、だいぶ開き直った。

私の小学生の時の夏休みは、ラジオ体操のため、毎朝、自転車で、少し離れた広場まで行き、行事に熱心なおじちゃんの印鑑をもらうために、毎日通ったものだ。

ポツンと一軒家に近い状態なので、かなり家と家が離れているのもある・・・

しかし、うちの長男や次男の時は、まだ、ラジオ体操というものは、熱心に取り組まれていた。

私は、その頃、仕事をしていたが、少し離れたところまで、毎朝、車で送り、自分もラジオ体操をして、帰ってきて、それからパートの仕事に行っていたと記憶している。

しかも、長男の一年生の時は、何故か、製菓屋さんの親子と毎朝、小学校近くのクヌギ、コナラの木があるところで待ち合わせ、カブトムシ何匹、クワガタ何匹とれたと、自由研究をやっていた。

それにしても、今のところ、夏休みらしいことは何一つやっていない。

次男と、娘が10歳の歳の差なので、子供会を抜けている間に、ラジオ体操も、各家々で、やることになっていた、時代の流れというものかと、それ以上は何も言わなかった。
なので、今年はやっていない。

もちろん、今でもちゃんとやってるところもある。

それはさておき、昨日私は、実家を掃除するから手だってくれないかな?って、数日前、姉に言われて行ってきた。

娘には、一緒に掃除行こうよ!と、数日前から言ってはみたが、全く興味なし。

じいちゃんの家に行ってもなんの楽しみもないという事を知っているから・・・

なんと、寂しい事だろうと、書いていて、そう思うけど、娘が行きたくないという理由は、間違いなく、ゲームを一日、家で1人で好きに伸び伸びととやってた方が、100倍楽しいとわかっているから・・・

正直私もそう思う。

私は、今回、とても素敵な先生と出逢うことができて、腹鳴恐怖症という事が判明し、自分の過去をやっと受け入れる事ができた。それまで、父親のことも好きになれなかったけど、今は違う。

明らかに、父親の事を、好き!とまでは到底いかないにしても、父親のことも受け入れ、過去のことは、良い意味で、どうでも良くなった。

今回、実家を掃除しようとなったのは、足腰が弱ってきた父親が、デイサービスから、デイケアに変えて、病院のデイケアで、リハビリをすることになり、その前に、病院の方と、ケアマネさんがみえて、担当者会議をやるから、1人暮らしで、掃除も、ほとんどできてない家をどうにか、少しでも綺麗にしないと、まずい!となった。

1番上の姉は今、父親を、病院に連れて行ってくれたり、買い物や、いろんな事をやってくれている。

同じきょうだいでも、父親から受けた愛情という、度合いや、感じ方も違う。

自分を受け容れることができていなかったころ、姉はよく、父親の事をみてくれている、私も何かちゃんとした事をやらないと、と思う部分もあった。

しかし、実家から、家に帰ってきながら思った、私は私なりに、父親から受けた愛情を感じた分だけ感謝として、何かできる事をやってあげたらそれだけで良いんではないかと。

父親から愛情なんて、受けたことは記憶にあまりない。

しかし、こんな田舎の古い小さな家だけど、私の原点はここだ。
この家で15年間お世話になり、父親も、1人しかいない。
この事は事実で、一生変わらない。

姉が父親の愛情を100のうち、70受けてたとする。
私はおそらく、50とか、そんな感じの数字だと思う。

私は私なりに、私の思う、父親から受けた愛情分のお返しを、父にすればそれで良いのではないか、と思っています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました^ ^



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