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水のなかを歩く   37

クリスマスイブの午後のプールは閑散としていて、そりゃそうだと安心して水のなかへ入る。夜はチキンを食べてケーキを食べて家族にプレゼントを用意する。でも今はいつもと同じ休日の午後。一人当たりの水の量が何倍も多いのだから、普段よりたくさん泳いだ。のびのびー。

とても小さなお婆ちゃまが歩行コースをゆっくり歩いている。腕を肩の上にすっと伸ばし、宙に向かってクロールしている。手は水を一切かいていない。でもこれがお婆ちゃまの型、何より気持ち良さそうに笑顔で歩いていらっしゃる。素敵な姿を見れたと思った。クリスマスには奇跡とか感謝のイメージがあるけど、こうした日常の小さな光景も人の心を癒してくれる。

プールの向こう側から大きな歌声が聞こえてきた。声は水に反響して広がるから、誰が出しているのかすぐは分からない。女性の声、喋ってるのでなく歌ってる?やっと声の主が分かる。若い女性だった。こっちに泳いでくる。奇声を上げてしまう人たちは社会のどこにでもいる。少し心配で注意して見ていたら、父親らしき初老の男性が前の方を泳いでいた。壁際でストレッチする僕の真横に彼女は泳ぎつき、また歌いだす。何を歌っているのか分からない。またえいやと向こう側へ泳いでいく。しばらく時間が経つと、父親がプールサイドにあぐらをかいて座り、読書していた。彼女はまだ歌ったり泳いだりしている。その歌もその本も、きっとクリスマスとは関係ないだろう。

採暖室で休憩の時間。パパと小さな男の子たち(小学校上がる前くらいの二人兄弟かな)が入ってきた。採暖室は既に満席で座る場所がない。三人は扉のそばで暖を取りながらお喋りを始める。パパ「今日の晩ごはんは何かな〜?」兄「寿司!」弟「寿司っ」兄「手巻き寿司!」弟「手巻き寿司がいいっ!」パパ「・・出よっか」兄弟の寿司への熱い想いをパパがどう交わすのか、聞けずに終わってしまった。きっとママがご馳走とケーキを用意して待っててくれると思う。プールにいたらクリスマスとか、忘れちゃうよね。

#プール #吉祥寺 #クリスマス



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