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隣の芝が青く見える理由

今日の言葉

イソップ寓話より引用

179)驢馬と庭師
庭師に使われる驢馬が、餌は少なく辛い日ばかり多いので、庭師から解放して別の主人に引き渡してほしい、とゼウスに祈った。ゼウスはヘルメスを遣わし、驢馬を焼物師に売るよう命じた。ところが驢馬は、はるかに多くの荷物を運ばねばならなくなって、今度も我慢がならず、ゼウスに助けを求めた。最後にゼウスは、驢馬を皮蘇し屋に売らせることにした。すると驢馬は、新しい主人の仕事を見て言うには、 「こんな所にいるより、以前の主人の所で荷物を運んだり腹をすかしたりしている方がましだったわい。ここじゃ、死んでも理葬してもらえない」 召使というものは、次の主人を試した時に前の主人が最も恋しくなる、ということをこの話は説き明かしている。

【引用元 岩波文庫 イソップ寓話集 著 イソップ 翻訳 中務哲朗】

隣の芝が青く見える理由

以前、人事業務を担当した際に退職希望者との面談を担当しました。

退職を希望する人は大きく2つに分類できました。「次のステップに進むために退職する人」と「今の仕事が嫌で退職する人」です。

「次のステップに進むために退職する人」は、これまでの職場に感謝し、周囲からも惜しまれながら去っていきます。このような人は次の職場でも活躍していることが多いようでした。

一方、「今の仕事が嫌で退職する人」は、これまでの職場に不平不満を言い、周囲からも特に惜しまれずに去っていきます。このような人は次の職場もすぐに辞めてしまう傾向がありました。

後者のタイプは、まさにイソップ寓話の「庭師とロバ」のようでした。

ロバは良い環境を求めて移動したのに、なぜ悪い結果になってしまったのでしょうか。

それは、ロバが現状を否定するだけで、自分に与えられている環境の良さに気づけず、「今より楽をしたい」という動機しかなかったからです。

現状を否定し、楽ばかりを求めているから、どこに行っても「隣の芝生は青く見える」のです。

よく考えれば、焼き物師のもとでは重い荷物を運ばされること、皮なめし職人のもとでは自分の皮が使われるリスクがあることは、想像できたはずです。

しかし、ロバは転職前にこれらのことに気づかず、楽観的な想像だけで転職したため、状況が悪化してしまったのでしょう。

仕事が自分に合う・合わないのは当然あることです。

ただし、仕事が合わないとき、業務内容や環境のせいにするのではなく、「自分とどういうところが合わないのか」「逆に自分に合う仕事とはどういうものか」など、しっかりと自己分析を行ってから転職した方が、結果的には良い方向に進むと思います。

イソップ寓話集の「驢馬と庭師」を読んで、このようなことを感じました。

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