今日の言葉
二宮翁夜話より引用
学ぶ目的
二宮金次郎は「農家は地元の発展のため、富者は国の発展のために学ぶべきだ」と述べ、良い学校への進学を勧めています。
この忠告を受けた親子は、子は医師となりましたが、親は田畑を失い寺子屋の教師となりました。
現代の視点では息子が医師になったことは良い結果と捉えられますが、家督や田畑を重視した当時の価値観では、望ましくない結果だったかもしれません。
このように、金次郎の考え方には現代に適さない面もあります。
しかし、彼が本質的に問いかけたのは「何のために学ぶのか」という点です。
金次郎は、家業や環境を軽視し、社会的地位や金銭のみを目的に学ぶことが、結果として財産喪失につながると警告しています。
現代に置き換えれば、低賃金や低地位の職業を軽視し、高い地位と給与のみを目的に学ぶと、最終的に財産を失う可能性があるということです。
学びの目的は、各自の夢や希望の実現であり、それが社会への貢献につながるべきです。学ぶことはその手段であるべきです。
しかし近年、学ぶこと自体が目的化し、大学進学が目的化する傾向があります。その結果、大学卒業後も自身の進路に迷う若者が増加しています。
方向性が定まらないため、収入や福利厚生、安定性のみを基準に職業を選択してしまいます。
しかし、そのような選択は仕事への満足度を低下させ、早期退職者の増加につながります。
目的意識を持って働く人材が育たないことは、国の衰退にもつながります。
退職代行サービスの出現も、このような時代背景が一因と考えられます。
この問題は若者だけでなく、学ぶ目的を適切に指導してこなかった、私たち大人たちの責任でもあります。
二宮金次郎の夜話142段「富農の子弟の学問」を読みそんなことを感じました。