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《嘘の絆》第5話 震撼の的中 【小説】


5-1 驚愕の予言

 篠原はパソコンの前で深呼吸をして、モニター上の投稿ボタンをクリックした。
 彼と恵子が運営しているWebメディア【星のウィスパー】に新しい記事が掲載される。タイトルは

「近日中に首相が命を狙われる!!?マダム恵子の占いが示す衝撃の予知」

というものだった。

 恵子の占いはこれまでにも時々は的中していたが、こんな大胆な予言を【星のウィスパー】の記事として公開するのは初めてのことだった。
 しかし、篠原にとってこの記事は単なるアクセス数を稼ぐための手段の一つに過ぎなかった。

 彼はこの記事の中で、恵子の占いの結果と自らでっちあげた分析を組み合わせ、さも信憑性があるかのように書き上げた。特に篠原が付け加えた部分は、国内外の政治的な状況や経済の動きを根拠に、なぜ首相が命を狙われるのかを細かく解説していた。

 ブログのアクセス数はすぐに増加し始め、数時間で前回の記事の倍以上のアクセスがあった。

 【星のウィスパー】のフォロワーや一般のユーザーからの反応も様々だった。多くは冗談や信じがたい内容としてスルーする反応だったが、一部からは驚きや懸念の声もあがっていた。

「篠原さんの情報力や分析力、さすがです!」
「こんな大胆な予測、他のメディアでは見たことが無いです」
「篠原さんは、どこからこんな裏情報を仕入れてくるのでしょう?」

 篠原は自らの記事の影響力を楽しんでいたが、突然、スマホに恵子からの着信が入った。

「篠原さん、今回の記事はちょっとやりすぎじゃない?」

 彼女の声は明らかに不安げだった。

「心配し過ぎだよ、恵子さん。これまでの占いには的中しているものもあるから信じる人もいるだろうし、信じない人はただの娯楽として読むだけだからさ」

「でも、首相が命を狙われるなんて…。それが本当に起こったらどうするつもりなの?」

 篠原は少し考え込んだ。もちろん、彼もそのようなことが実際に起こるとは考えていなかった。彼の目的はあくまで炎上商法によるアクセス数稼ぎだでしかなかったし、元々、物事を深く考えてから行動に移すような性格ではないのだ。
 考えているうちに、篠原はちょっと面倒になってきた。

「恵子さんも結構ビビりですね。心配しなくても、そんなこと起こるわけないですよ。もし、万が一、何か問題が発生しても、僕が全部責任を取るから」

と彼は無責任なことを言うが、本人にはそんな自覚は全く無い。。

 恵子はしばらくの沈黙の後、

「分かった。でも、こんな記事は、これを最後にして欲しい。あまり大きな話題を取り上げすぎるのは危険だと思うから」

そう言って彼女は電話を切った。

 篠原は深くため息をつきながら、【星のウィスパー】のアクセス数がどんどん伸びていくのを眺めていた。

5-2 予言通りの現実

 太陽の光が窓を通して部屋を照らしている中、篠原は午前中の情報番組をテレビで観ていた。
 すると突然、画面上にニュース速報のテロップが流れてきた。

【加賀首相襲撃される。10時18分頃、加賀首相が演説中に刃物で襲撃されました。病院に緊急搬送されましたが、心肺停止状態で…】

 篠原の目が画面に釘付けになる。
 その後、すぐに画面が切り替わり、襲撃現場の映像が流れた。

(まさか、こんなことが…)

 篠原は心の中で呟く。
 しばらくすると画面のリポーターと話をしていたテレビ局のアナウンサーから「加賀首相の死亡が確認されました」ということが告げられた。

 その後は緊急特別番組として、首相暗殺事件の状況を報道するニュースが流れることになった。画面に映し出されるのは、厳重な警備が敷かれた事件現場、そして、あちこちから集まった報道関係者たちの姿だった。

「信じられない…」

 篠原は呆然と画面を見つめていた。彼の記事と恵子の占いで予言した通りの日時、そして場所で首相が暗殺されるという事態が実際に起こってしまったのだ。もちろん、彼はこの事態を予測していたわけではなく、心中は穏やかではなかった。

 篠原はデスクトップPCの電源を入れる。
 画面には【星のウィスパー】の管理画面が開いており、リアルタイムでアクセス数を確認できるグラフが映し出されていた。
 その数字は驚異的に伸びていく。
 彼のでっちあげた情報と恵子の占いで書き上げた記事が完全に的中したことにより、サイトは国内外からの注目を一気に集めることとなったのだ。

 ブラウザの別のタブで、Xの検索結果が表示されていた。恵子の占い能力や篠原の情報を絶賛する声が多数上がっていたが、その一方で、「こんなことを予知していたなら、なぜ警察に通報しなかったのか?」とか「彼らに関与の疑いはないのか?」という疑念の声も目立っていた。

 篠原は慌てて恵子に連絡をとった。

「恵子さん、大変なことになっちゃったよ。どうしよう…」

 彼女の声は震えていた。

「知ってる。テレビで見てる…。篠原さん、私たち、どうなるのかな…」

「…確かに状況は厳しい。」

 彼の部屋の壁には、過去の記事の資料や占いに関する書籍がぎっしりと並んでいた。中でも【離島に関する計画の闇】という記事の資料は目立っていた。ひょっとして、その記事で使った情報も、今回の事件と偶然にも関連している可能性があるのではないかと、篠原は恐れていた。

「恵子、とりあえず今夜、僕のところに来てくれないか。これからどうするか、しっかり話し合わないと。」

「分かった。でも、怖いよ…」

篠原はしばらく沈黙した後、彼女を励ました。

「大丈夫、何かあっても僕が守る。何とかなるさ。」

 彼は再びテレビのニュースを見つめ、自分たちが取り上げられている可能性を心配していた。一方、彼のスマートフォンは止まることなく通知音を鳴らし続けていた。

5-3 対峙の夜

 夜、篠原の家に着いた恵子はチャイムを鳴らした。
 ドアが開くと、中には煙草の匂いが充満していた。篠原の顔は疲れ果てており、部屋の中には新聞記事やノートが散乱し、テレビの音が響いていた。

「入って」

 彼は言葉少なく恵子を招き入れ、彼女は沈黙の中、部屋に入った。

「何でこんなことになったんだ。このメディアの記事で、こんな大騒ぎになるなんて思わなかった」

 篠原はソファに座り、一服しながら話し始めた。

「でも、僕が悪いわけじゃない。こんな情報を信じる奴がいるわけないし、まさか本当にこんなことが起こるなんて誰も思わないだろう!?」

 恵子の顔は厳しくなった。

「それがどうしたの?今の状況を見てよ!公安や警察が動いてるって聞いてるでしょ?」

篠原は顔を歪めた。

「だから、何?」

 恵子は立ち上がり、篠原に詰め寄った。

「篠原さん、このままじゃ私たちが危険なんだよ!あの離島の記事や、首相暗殺の予測記事。全てはあんたのせいよ!」

 篠原は激怒した。

「何だと?お前も一緒にやってただろ!責任を一方的に僕に押し付けるな!」

 二人は言葉を交わしながら、部屋の中を行ったり来たりと歩き回った。空気はピリピリとしており、緊張感が部屋中に満ちていた。

「どうしてこんな男と一緒に行動することになってしまったのか…」

 恵子はうなだれてソファに座ろうとするが、目測を誤り床に尻もちをついてしまう。

 そんな恵子の呟きと尻もちをついて泣いている恵子の哀れな姿が、篠原の心をさらに痛めつけた。

「お前も一緒にやってたんだ!何を今さら…」

「あなたのためにこんなリスクを背負った自分が馬鹿みたい。」

 篠原は顔を赤らめながら、

「でも、今更どうしようもないだろう!」

とヒステリックに恵子を怒鳴りつける。

 恵子は悔しさを胸に秘めつつ、窓の外を見つめた。都市の光が夜空に広がり、彼女の胸の中も複雑な感情でいっぱいだった。
 自分たちの心中など全く意に介さないかのような夜景を見て、恵子は涙が溢れてくるのを抑えきれなかった。

(ちゃうねん…。こんなはずじゃなかったねん…)

 感情が抑えられなくなると、心の中では幼い頃過ごした関西弁が浮かんでくる。

「だったら、この状況をどうするの?」

 改めて、恵子は篠原に問いかける。

 篠原はしばらく沈黙した後、深く息を吸い込んだ。

「一緒にこの状況を乗り越えるしかないだろ?」

 恵子は篠原の目を真っ直ぐに見つめた。

「本当にそう思ってるの?」

 篠原はうなずいた。

「うん。」

 二人は再びソファに座り、これからの対策や行動について話し合った。その夜、二人は新たな決意を胸に秘め、未来への一歩を踏み出すことを決意した。

5-4 過去の影

 夜のとばりが都市を包み込む中、篠原の仕事部屋は、外部からの情報を絶え間なく取り込む状態であった。テレビ、ラジオ、そしてコンピュータのブラウザが彼の心を刻一刻と刻む。

 【星のウィスパー】の記事が注目される中、ネット上での反応は次第に篠原の過去に焦点を当てていった。特に、彼がかつて書いた「離島に関する計画の闇」という記事に関する疑惑の声が高まっていた。

 ある掲示板には、「これ、前にも大炎上してなかった?」というコメントから、添付された過去のスクリーンショットが投稿された。
 その証拠には、篠原が利用していたとされる虚偽の情報源や、合成と疑われる写真、そして似たような記事を持つ他のブログやメディアへのリンクが散見された。

 「あの離島の計画って、実は全く根拠がなかったんじゃ…?」といった声や、「篠原って、結局、嘘ばかりなんじゃないの?」という疑念の声が増えていく。

 彼のスマートフォンは通知を鳴らし続け、その度に心臓が高鳴る。メール、SNSのダイレクトメッセージ、コメント…多くは批判や疑問、攻撃的な内容だった。

 篠原は恵子に連絡を取った。

「恵子さん、離島の記事のこと、また問題になってる…」

「あの記事…あなたが言ってたように、本当にただのデマだったの?」

 篠原は深く息を吸った。

「あの時、僕には独自の情報源も確かにあったんだ。でも、あれは…大半がでっち上げだった。今となっては情報源自体の信憑性もどうだったかわからない…」

 彼の過去の行為と、その記事が与えた影響を思い返すたびに、彼の心は押しつぶされるように重くなった。その過去が、今の彼と恵子にとって大きなプレッシャーとなっていた。

 恵子の声は冷静だった。

「篠原さん、どうすればいいの?警察や公安も調査を始めるって聞いてるけど…」

 篠原は目を閉じた。

「分からない。ただ、あの記事を書いたこと、そしてその虚偽の証拠を作ったこと、後悔してる。でも、その後悔が今の状況を変えるわけじゃない。」

 彼の部屋には、過去の記事の資料や、あの「離島に関する計画の闇」に関する証拠の写真、メールなどが並べられていた。彼はそれらを見つめ、過去の自分に何度も問いかけていた。

 テレビで、首相暗殺事件とその背後に隠された真実を探る特番が放送されている中、篠原は深い闇に飲み込まれていくように感じていた。

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