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《嘘の絆》第6話 真実の追求【小説】


6-1 疑惑の始まり

 都会の喧騒が遠くなった午後、警察署の取り調べ室は暗い照明と重たい空気で包まれていた。篠原は冷たい椅子に深く座り込み、目の前に並べられた資料を一つずつ確認していた。その中には、彼が過去に執筆した記事のコピーがたくさん含まれていた。

 対面には、中年の刑事が座っていた。彼は一つ一つの資料に目を通し、篠原の反応を確認しながら質問を繰り返す。

「この記事、あなたが書いたものですよね?」

 刑事は冷静な口調で言った。

 篠原は少し考えた後、首を縦に振った。

「はい、私が書いたものです」

 刑事は次の資料を指し示し、再度質問を始めた。

「こちらの記事についても認めますか?」

 その資料は、以前、篠原が書き、炎上した「離島の計画の闇」に関するものだった。

 篠原は顔を歪めながら答えた。

「その記事は…事実に基づいて書いたものです…」

「ほう…。この記事に書かれていると思われる離島の工場なんだけどね。今回の首相の襲撃犯が、ここの工場長から計画を指示されたと言ってるんですわ。あなた、この工場で何が行われていたか知っているんじゃないの?」

 刑事の質問は次々と厳しくなっていった。

「そ、それは…」

 今更、記事が捏造だと言えない篠原は口籠る。

 篠原の過去の記事や証拠に関する尋問が続き、彼は次第にプレッシャーを感じ始めていた。一方、警察署のすぐそばの喫茶店では、恵子が待っていた。所謂、大手チェーンのコーヒ―ショップではなく、あまり人が来そうもない小さな店を選ぶ。
 恵子もこの出来事以来、ちょっとした有名人だった。
 元々、自己顕示欲の高い性格で、篠原の一緒に運営していた【星のウィスパー】でも「マダム恵子」として顔出ししていたのが災いした。
 あまり人が多いところでは、恵子の存在に気づく人もいるかもしれない。

 今日は、いつもとは違い、なるべく地味な服装をして、御丁寧にも伊達メガネまでして変装している。
 彼女は篠原がどのような状況に置かれているのか、心の中で心配していた。

 店内には音楽でも流れているかと思いきや、喫茶店としては珍しく、テレビの音が流れていた。

 恵子が店内に入ると、店の主人はテレビを消そうとしたが、彼女は

「あ、気にしないでつけておいてください。私、テレビ好きなので」

と告げ、コーヒーを注文すると、そのままテレビ番組を観ていた。

 テレビのワイドショーでは、篠原の過去の記事や今回の事件に関する報道が続いていた。恵子はその映像を見つめながら、心の中で篠原を励ましていた。

 その時、恵子のスマホが鳴った。画面には「篠原」の名前が表示されている。彼女はすぐにスマホを取り、篠原の声を耳にした。

「恵子さん、今、事情聴取が終わった。どうなるかはわからないけど、これからも君の支えが必要だ」

恵子は周りには聞こえないようにそっと答えた。

「大丈夫、私はここにいるよ」

 事情聴取が一旦終了した篠原は、恵子が待っていた喫茶店に姿を現した。彼の顔は疲れ果てており、心の重圧がありありと見て取れた。

 恵子は彼の手を握り、声をかける。

「篠原さん、あなたの過去の行動に対する周囲の批判や疑念が増えていることに不安を感じているけれど、私はあなたのことを信じている。私たちは絶対にこの困難を乗り越えられる」

 篠原は少し照れたような笑いを浮かべながら、恵子の手を強く握り返した。

「ありがとう、恵子さん…」

 二人は喫茶店を出て、もう暗くなり始めている雑踏へと足を運んだ。

 この日の事情聴取の結果は、篠原と恵子の関係に、また新たな試練をもたらすこととなる。しかし、彼らの絆は、今、この瞬間だけは嘘の絆ではなくこれからの困難にも立ち向かうために強く結ばれていた。

6-2 過去の嘘

 太陽が昇り、午前8時を回った頃、篠原はやっとベッドから起き上がり、リビングのテレビのスイッチを入れた。
 テレビに目を向けると、画面にはワイドショーの「特集」という文字が大きく映し出されている。

「先ほど入ってきた情報ですが、今、ネット上で話題になっているサイト『星のウィスパー』を運営する篠原氏の過去の記事について、虚偽の内容が多数あることが判明しました」

 画面上ではMCが元政治家のコメンテーターに対して、コメントを求めている。

「そもそも、こんなサイトに信憑性なんか全くありませんよ。今回の件も、適当に書いた情報と占いがたまたま当たっただけじゃないですか?他の記事の内容を見れば、サイト運営者の篠原さん?でしたっけ?彼の知的レベルもわかって然るべきだと、僕は思いますね。
偶然、大事件の発生を予測したかのように世間では言われているけど、それなら予め注意喚起しておくべきですし、実際にその後はダンマリを決め込んでいるじゃないですか」

コメンテーターが持論を展開する。

MCは、

「今回の件について、実は容疑者と裏で繋がっていたとか、自分の記事を現実にするために篠原氏自身が教唆をしたのではないかという話も出ていますが…」

と、別のコメンテータに話をふった。

「いや、それは無いんじゃないでしょうか。警察の捜査を待ってということになるとは思いますが、このサイトの他の情報を見ても、元々、東スポのような立ち位置を狙っていたんじゃないですかね?サイト運営者自身は、自分が書いていることがネタだという自覚はあったと思いますよ。ただ、この手の人間は、意外と小心者で、追い詰められると突発的な行動に出るということはありますので、そこだけは気になりますね」

 コメンテータは、あまり役にも立たないようなコメントを返す。

 続けて、篠原の家の近所で行われた住民インタビューが映し出された。

「最近、奥さんと娘さんが出て行っちゃったみたいなのよ。それからは、あまり御本人が外出しているのは見ていないわね。家にいるのかしら?」
「たまに、太った派手な女の人が家に来ていたみたい。誰かは良く知らないけど、あのサイトで占いをしていた『マダム恵子』っていう人じゃないかしら。どういう関係なのかはよくわからないけど」
「前は、たまに犬の散歩に出ていたみたいだけど、そういえば、あの犬どうしたのかしら…?」
「以前は、結構、外を歩いているのを見ましたよ。昼間から普段着っぽい格好で歩いていたから会社勤めじゃないんだろうなとは思っていたんですけど、まさかこんな事件を起こすなんてねぇ…。え?犯人じゃないの?」
「最近はカメラを持ったYouTuber?が家の周りを撮影したりして、ちょっと迷惑してるんですよ。何とかならないかしら…」

 近所の住民は、好き勝手なことを言うが、恐らくはテレビ局でも当たり障りのないインタビューの中でも視聴者にウケが良さそうなものを選んで放送しているのだろう。

 同じ時間、恵子もこの番組を見ていた。

 篠原と彼女は最近、非難の声を避けるために、自宅から少し離れた場所のマンスリーマンションで隣同士の部屋を借り、そこで暮らしている。
 恵子の部屋は外からは見えないように、窓はブラインドで締め切られていた。

(篠原さんが、実は容疑者と裏で繋がっている…?)

 恵子は一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、次第に事の重大さを理解し始めた。

 テレビには篠原の過去の記事や写真、そして彼の名前が次々と映し出される。彼が過去に書いた記事の中で、事実とは異なる内容のものがいくつも紹介されていた。特に「離島に関する計画の闇」というタイトルの記事は、繰り返し取り上げられていた。

 番組を見ていた恵子は、篠原の部屋の方向を何度も気にしたが、彼の部屋からは何も音がしなかった。テレビの放送が終わると、彼女はやっとのことで立ち上がり、篠原の部屋に向かった。

「篠原さん、大丈夫?」

と声をかけるものの、反応はない。

恵子が心配してドアを開けると、篠原は机に顔を突っ伏して座っていた。その姿に、彼がどれほどのショックを受けているのかが伝わってくる。

「本当は、いつかこんな日が来ることはわかっていた…でも、見て見ぬふりをしてきたんだ。まさか、こんなに広まるとは…」

 彼の声は震えていた。テレビ番組で流れた記事の多くは、彼がかつて炎上を狙って捏造したものだった。そして、その嘘が暴かれたことで、彼の精神は深いダメージを受けていた。

 恵子は彼の背中を優しく撫で、

「一緒に解決していこう。何とかなるよ…」

と励ました。しかし、篠原の表情は暗く、

「恵子さん、僕はこんなことをしてしまった。信じられるか?僕自身が信じられないよ…」

 テレビのワイドショーで取り上げられたことを受けて、インターネット上でも篠原に対する非難の声が急増した。特に、彼の虚偽記事を信じて行動したという人々からの怒りの声は、SNSや掲示板で急激に広がっていった。

 恵子は篠原を支えるため、彼の精神的なケアを優先することを決めた。しかし、どうすればこの状況を乗り越えられるのか、確かな答えを持っているわけではなかった。

 篠原の部屋を後にし、恵子は自分の部屋に戻る。
 しばらく椅子に座っていると、インターホンが鳴った。

「はい。どちらさまでしょう?」

恵子が応対すると

「すみません。警察のものですが、ちょっとお話をお聞かせいただきたくて…」

という声が聞こえた。

 心臓が激しく波打ち始めるのを感じながら、恵子がドアを開けると男が二人立っていた。

6-3 崩れゆく心

 篠原が借りているマンスリーマンションの部屋は、外界からの圧倒的な情報の洪水によって静寂が包まれていた。テレビの前に立ち尽くす篠原の顔には、深い絶望が浮かんでいる。画面には、彼に関する疑惑や批判が映し出されている。

 その日も新たな事実が暴露されており、彼に対する風当たりは更に強くなっていた。しかし、それ以上に篠原を打ちのめしていたのは、恵子が警察に事情聴取で同行する際、彼女が語った言葉だった。

 「篠原さんの指示のもと、記事を作成しました。私はただ従っただけです」

 警察の記者会見がテレビでも放送され、恵子の証言も発表される。

 この証言により、全ての罪が篠原に集中することとなった。警察も、彼がこの一連の事件の主犯と見なして捜査を進める方針を固めていくだろう。

 篠原は呆然としていた。恵子の裏切りに、心は悲しみと怒りで満ちていたが、それでも彼の中には彼女への愛情が残っていた。彼は何度もスマホを手に取り、恵子に連絡しようとしたが、その度に躊躇し、スマホを手放す。

 夜になり、部屋の中は更に静まり返っていた。篠原はベッドに仰向けになり、天井を見上げていた。これまでの恵子の言葉が頭の中を駆け巡り、彼の心は乱れていった。

 その時、彼の部屋のドアがノックされた。
 篠原は驚きながらも、ドアの前に足を運んだ。

 ドアを開けると、そこには涙を浮かべた恵子の姿があった。

「篠原…私、許して…」

 彼女の声は震えていた。

 篠原は深いため息をつきながらも、恵子を部屋に招き入れた。二人は向かい合って座り、互いの目を見つめ合った。篠原は彼女の証言について問い詰めたい気持ちと、彼女を許したい気持ちとで葛藤していた。

 恵子は、警察での証言について、自分を守るため、そして篠原に一切の罪を被せる形になったことを深く後悔していた。

「篠原さん、私、本当にごめんなさい…」

 恵子は泣きながら謝罪した。

 篠原は静かに、しかし力強く彼女を抱きしめた。

「やはり、どうしても、君と一緒にこの先を歩いていく道しか、僕には残されていないようだ…」

 彼の声は、恵子に対する深い愛情と絶望が混ざり合っていた。

 この夜、二人は再び一緒にこれからのことを語り合った。
 都会から離れ、小さな村で新しい生活を始めることを真剣に考えるようになっていた二人だったが、その決断が二人の人生を一変させることとなる。

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