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YouTube番組「しゃべりすぎGAMER」 出演報告!&没ネタお焚き上げ

少し前の話ですが、10/4(火)、IGN JAPAN様の看板YouTube番組である「しゃべりすぎGAMER」に出演させていただきました!

この回では自分がテーマを発案させていただき、「ゲーム史の大きな転換点を考える」というテーマで話をしました。

僕はネタを6個考えていたのですが、番組中で話したのは「3Dポリゴンの登場」と「初代スプラトゥーンの発売」という2つだけでしたので、本記事では残りの4個を紹介しておこうと思います。

没ネタ1:実績(トロフィー)が登場(2005年)

1つ目は、2005年、Xbox 360と共に登場した「実績(トロフィー)」です。

Xbox 360の実績確認画面(筆者撮影)

これは、「やり込みの結果がゲーム外からも見えるようになった」という本来の機能だけでなく、「製作者が『クリア』以外の方法でプレイヤーの行動を誘導する」ことができるようになったという点で、転換点ということができます。

例えば、普通なら面倒くさく感じる遊び(例:オープンワールドゲームで多数の隠されたアイテムを見つけ出す)や、やらない行動(例:『Outer Wilds』でワープを使わずに太陽ステーションに侵入する)も、実績の対象であればこそ、多くのプレイヤーがチャレンジします

このように、「製作者による遊び方の誘導の方法が増えた」という点で、実績(トロフィー)の登場は転換点だったと考えます。

没ネタ2:DVDを視聴可能なPS2が登場(2000年)

2つ目は、DVDが視聴可能なプレイステーション2(PS2)の登場です。これは、「ゲーム機が本格的にゲーム以外の用途で使われるようになった」という点で、転換点だったと思います。

プレイステーション2(Evan-Amos, Public domain, via Wikimedia Commons)。

それまでも、例えば「PCエンジン CD-ROM2」は当初から音楽CDの再生が可能でした。また、プレイステーション(PS)やセガサターン(SS)には、音楽CDのほかに「ビデオCD」を再生可能なオプションが存在していました。

しかし、2000年当時、DVDプレイヤーは10万円を超えるのが当たり前だった時代に、PS2が39,800円で登場したことのインパクトはそれらを遥かに上回りました。同時期に発売された映画『マトリックス』のDVDは大ヒットしました

その後もゲーム機は対応メディア・対応サービスを広げ、今やYouTube・Netflix・Amazon Prime Videoといったビデオサービス、Spotifyなどの音楽サービスを幅広く視聴できるようになったことはご存じの通りです。

このように、ゲーム機で映像などのゲーム以外のコンテンツを楽しむ体験が一般化したタイミングである2000年は、ゲーム史の一つの転換点であると考えます。

没ネタ3:デュアルショックが登場(1997年)

3つ目は、初代「デュアルショック」の登場です。これは「現代と同様の、2本のアナログスティックを備えたコントローラーが一般的になった」という点で、ゲーム史の転換点と言えます。

初代「デュアルショック」(Evan-Amos, Public domain, via Wikimedia Commons)。

「左スティックでキャラクターを操作し、右スティックでカメラを操作する」という操作体系は現代の3Dゲームでは当たり前ですが、3Dゲームの黎明期だった1990年代では、必ずしもそうではありませんでした。

PSやSS向けの標準コントローラーはいずれもアナログスティックを持たないものでしたし、NINTENDO 64(1996年)では、アナログスティックは1本だけでした。

そんな中、PS向けに登場したのが、2本のアナログスティックを備えた「デュアルショック」だったのです。

当初は、右スティックにカメラ操作を割り当てたソフトは少数派でした(例えば、『サルゲッチュ』では、右スティックは武器を振る操作に割り当てられています)。しかし、2000年ごろから徐々に、現代と同じ操作体系が一般化してゆきました。

このように、現代と同様の操作体系が確立するまではややタイムラグがありましたが、デュアルショックが登場した1997年は、ゲーム史の一つの転換点だったと言ってよいと思います。

(※なお、この話題は、拙記事「〇〇で読み解くビデオゲーム史」の第2回で掘り下げているので、興味がございましたらどうぞ)

没ネタ4:ゲームをいつでも中断できるようになった(携帯機:2004年、据え置き機:2014年)

4つ目は、いわゆるレジューム機能が本体の標準機能として付いたこと、つまり「ゲームをいつでも中断できるようになった」ことです。

蓋を閉めることで、いつでもゲームを中断させることができるようになった「ニンテンドーDS」(Kudo-kun, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons)。

この機能は、携帯機だと2004年の「ニンテンドーDS」から、据え置き機だと(おそらく)2014年の「プレイステーション4」から搭載されるようになりました。

それ以前は、ゲームをやめるためには、「セーブポイントに行きセーブをする」必要があり、好きなタイミングで中断することはできませんでした。2000年代中盤以降は、徐々に「どこでもセーブできること」が一般的になりましたが、それでも、一旦ゲーム機の電源を切ってしまうと、最初から立ち上げ直す必要がありました。

その状況が変化したのが、ニンテンドーDS以降の携帯機と、PS4世代以降の据え置き機でした。ニンテンドーDSは本体の蓋を閉めることで即座にゲームを中断できましたし、PS4は本体をスリープさせても、中断したところから再開することができるようになりました(※ただし、ニンテンドーDSは、本体の蓋を閉めた時の挙動がソフトに委ねられているため、ソフトによっては中断しないこともある)。

Xbox Series X・Series Sではさらに機能が進化し、複数のゲームの中断状態を保持して、ゲームを自在に切り替える「クイックレジューム」機能が搭載されるようになりました。

このように、中断と再開が容易になったことは、ゲーム機の利便性を高め、また、忙しい生活の合間を縫ってゲームが遊べるようになったという点で、大きな転換点だったと感じます。

おわりに

今回の記事では、僕が出演した「しゃべりすぎGAMER」で、時間の都合上、用意していたけれど話さなかった4つのネタをご紹介しました。

今回の出演は僕にとって、とても貴重な経験でした!特にクラベ氏は、シェンムー好き・双子パパという共通点で、一方的にシンパシーを感じていましたので、そんなクラベ氏から「Otomaruさん」と普通に呼びかけられたのは、僕にとって嬉しいものでした。

今後も、また出演の機会があれば、今回の経験を活かしつつよりよいものできるように頑張りたいと思います。

引き続き、よろしくお願いします!

2022.10.15 Itaru Otomaru


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