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私にとっての「対話」の原点

対話とは、「相手との間に橋をかけること」だと最近読んだ本で学びました。

あまりそう言うことなのだと意識しながら対話することはなかったのですが、よくよく読んでみると、少なくとも対話を可能にするとはそういうことなのかもしれないと思いました。
同時に、そう言われてみるとあれがそうだったのかもしれない、と思える私にとっての対話の原点とも言える経験を思い出しました。

話は18年前です。当時、私は事業部門から人事に異動したばかりで任されたプロジェクトに夢中で取り組んでいました。それは営業部門のコンピテンシー開発でした。
私の勤めていた会社は事業部が当時27あったのですが、それらすべての事業部の営業部門の能力開発の推進するために、各営業に必要となる能力(コンピテンシー)をまずは定義しようということになったのです。

コンピテンシー(Competency)とは
コンピテンシーはCompetenceの名詞形で「特定の作業に必要な能力」と訳されています。Competenceが「競争力」という意味合いを持っているため、しばしば他者と比較した能力差や競争優位となる能力という意味合いで使われます。

コンピテンシー開発は20世期末ごろから21世紀の初頭にかけての人事の流行でした。もともとは、素晴らしい成果を出す人たちの日常の行動を観察し、それを他者と比較して結果を出すために役に立っていると思われる「行動」をリスト化したものをコンピテンシー・モデルと呼んでいました。
すなわち、「観察可能な行動」として現れるものがコンピテンシーであり、だからこそ模倣ができ、コーチングもできるというものです。
逆に、知識や価値観のように表面に現れないものは、コンピテンシーにはなりません。知識であれば、それを持っていることが証明できる行動(例えば、「教えて他者の理解を得ている」)のように記述されます。

上のコラムでは、優秀な人の行動観察と書かれていますが、私が当時行ったのは、米国で開発されたコンピテンシーの型(コンピテンシー・モデル)を日本の事情と事業部の違いを踏まえてそれぞれで使えるようにカスタマイズするというものでした。
そのために、まず型の説明を行い、それのどこは使えてどこは使えないか、使えないものの代わりに何かを足すか変更するかを27の事業部ひとつひとつ行ってゆくというもので、全ての事業部門の営業部長さんと地道なディスカッションをしてゆきながら進めていました。

1年という期限がつけられていたので、当初は「本当に全部終わるだろうか」とも思えましたが、初めてみるともともとの型が普遍的なものだったからでしょう、わりと順調に進めることができました。
しかし、ほぼ9割がた片付いたかなと思っている頃になっても、一向に進まない部門が一つだけ出てきました。自動車産業を相手にしている営業部門でした。

自動車産業システム事業部と呼ばれていたその部門には4つの営業部門があり、それぞれがトヨタ、日産、ホンダなどの大手自動車会社に製品供給してました。ハードワークのいわゆる体育会系営業に近く、遅くまで残業をしたりややパワハラがかった発言も時々問題になっていました。
当時私は東京の本社にいましたが、その部門の推進役であった営業部長さんは浜松にいました。事業部の中の4人の営業部長はどなたもプライド高く癖が強いこともあり、推進役の人にはよほど頑張ってもらわないと事業部門で一つのコンピテンシー・モデルを作り上げるのは至難のことでした。

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まずはこの推進役の人と話をしないといけないのですが、そこからしてかなりの難関でした。「忙しい」と言ってアポイントが取れない。電話で話すにも、先方の話がとても長く、あちこちに話が飛ぶため、話がまとまらない…
「一度4人の営業部長さんに集まってもらって、ミーティングを持ちましょうよ」と言っても、のらりくらりと忙しさを理由に先延ばしにされていました。

このままだと期限内に作れないかもしれない…そう思いました。
営業部長と話をしても先に進まないならば、事業部長と直接話して強制的に営業部長4人を集めるか?
いやいや、そんなことしたら推進役の人はやらされ感満載で適当な仕事しかしてくれないだろう…
諦めるか?
「忙しそうで無理でした」なんて理由には絶対にならない…
なんとかしなくちゃ…

気づくと電話をかけていました。
「Y部長、コンピテンシー・モデルの件ですけれど」
「悪い悪い、覚えてるよ。すまんな、しばらく東京行く機会がないねん」
「今どちらですか?」
「浜松のオフィスにおるよ」
「ではそちらに伺います。16時には着けると思います」
「…分かった。その時間はおるわ」
その足で東京駅に向かい、浜松に停車するひかりに飛び乗りました。

16時ちょっと前に、浜松のオフィスに到着するとY部長は会議中でした。そのまま営業マンの電話でガヤついてるオフィスでじっと待っていました。
45分ほど経つとY部長は会議室から出てきて私を見つけると腕時計を見て「スマン」と右手で拝むようなポーズをとると、かかってきた電話で長話を始めました。

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会議室に入ってY部長と話ができた時には17時半を回っていました。
「待たせてすまんかったな」
「いえいえ、いいんです。お忙しいところを押しかけてすみません」
早速本題、と思いましたが、、、
いきなり切り出してもまたいいわけが出てくるなと思ったので、初めて訪れた浜松オフィスの感想をY部長に伝えました。浜松オフィスは新幹線の駅に直結しているビルの中にあり、当時としてはかなりモダンな作りになっていました。
18時ごろになって電話もだいぶ静かになってきたからでしょうか、Y部長はオフィスの話から始まって、現在のビジネスの状況、お客様からの苛烈な要求や自分のチーム一人一人の頑張りについて、次々と話始めました。

東京で事業部内の4人の営業部長を集めてコンピテンシー・モデル策定のディスカッションを設定するのをY部長主導でやってもらう、が浜松訪問の目的でした。
Y部長の長い話を聞きながら最初は、
  (本当にこの人は話が長いなぁ、どこで切り込んだらいいだろう)
とか
  (面白いから、どのくらい話続けられるのか、時間を測ってやろうか)
とか思っていました。

しかし、途切れずにあちこちに飛ぶ話を聞きながら、だんだんそんなことよりももっと大切なことがあると感じ始めました。
そして気づくと私は、夢中になって熱く語るY部長の話をただただ聞き、質問をしたり相槌を打ち、感動できる話には素直に感動をしていました。

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ふと我に帰ると、時計は21時を回っています。1時間ほどで終えて東京に戻るつもりだったのに、新幹線の終電を逃してしまいかねません。
「Y部長、すんません。私帰りの新幹線がそろそろなくなるので…」
「おお、ほうか!泊まらんのか?」
「ええ、明日も東京で仕事ありますし」
「そうか、ワシ今日の夜中に車で東京に向かうが乗って行くか?」
「(うわっ!それは勘弁…)あ、ありがたいですが、今日はここで…」
「そうか…わざわざ済まんかったな。そっちの話あまり聞けんかったな」
「(あまり、というか全くだったけど)ええ、それはまた電話ででも ^_^;」
あと、2分で最終の東京行きこだまが出てしまうというタイミングで、オフィスを駆け足で立ち去りました。
一体何しに浜松まで来たんだろう、とは不思議と思いませんでしたが、やっぱりこの事業部は期限に間に合わないかもしれないな、と思いながら新幹線の中では爆睡していました。

翌日、Y部長から電話がかかってきました。
「コンピテンシー・モデルの件なぁ、来週営業部長が集まる会議があるんや、時間とるからそこで説明してもらっていいか?何時間必要や?」
「は、はいぃ?」
「昨日浜松まで来たのもその件やったんやろ?やろうや、会議」
「あ、ありがとうございます。では念のため90分いただけますか?」
「よっしゃ。あ、昨日は遅うまでお疲れさん」
そこで電話は切れました。
動いた!と声を上げてガッツポーズしたらしく、周囲の人事の仲間が驚いた顔をしていました。

自動車産業システム事業部のコンピテンシー・モデルは、期限内に策定が完了しました。しかも、もともとの米国からきた方とは全く異なる日本オリジナルで事業部オリジナルのものになりました。
しかも、策定されたコンピテンシー・モデルはその後数年にわたって営業の現場で使い続けられることになりました。

それ自体も驚くべき成果ではあったのですが、自動車産業システム事業部内の人からも大いに驚かれることになったのは「話が長いY部長との会話を5分以内で済ませられる人が人事にいる」ということでした。

当時私はまだファシリテーションとかコーチングとかのコミュニケーション・スキルを学び始める前でしたので、もうちょっとうまく対話をファシリテートできれば、4時間も長い話を一方的に聞かなくてもよかったかもしれません。
だけどその時に学んだのは、「自分の思いや考えを横に置いて、相手の世界にとことん入り込んで、ただただそこに共にいる」だったのだと今は思います。
そうすることによってY部長との間に結果的にできた信頼が、その後「話が早い」関係性につながったということだと思います。

これは、会話のテクニックとして傾聴をしているとかいう話ではないのでしょう。そういうものはすぐにメッキが剥げますし、相手にも適当に合わせていることはすぐに伝わります。
それはきっと「在りかた」を通じて、相手との間に架かる橋なのではないかと思うのです。

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