痛みの事例1
手術による合併症
しかし発症したのは術後5年後、脊髄刺激療法が救いになる
H.S 50代男性
神経障害性疼痛、食道裂孔ヘルニア・胃食道逆流症
当初は原因不明であること、痛みや飲み込み以上の主訴が消化器外科の主医師に認知されなかったことから、先行きに不安を感じる。その後、院内の総合診療部で主訴が受け入れられ、対処療法として症状に合致する薬の服用を開始。一定の効果が得られたとことで院内のペインクリニックで硬膜外ブロックを受ける。これが功を奏し、次のステップとして脊髄刺激療法を紹介され治療の転機を迎えた。それまでは原因不明、効果的な治療法がない状態が続き、精神的にも追い込まれ将来を絶望したが、脊髄刺激療法のトライアルで効果を認められ本植え込み手術を受ける。一旦は復職もかなったが、症状の悪化により業務遂行ができなくなり退職。以降は治療を続けながらマインドフルネスによるQOL向上と社会復帰を目指している。
食道裂肛ヘルニア・胃食道逆流症
40代を超えた頃から就寝中の逆流が強くなり、睡眠が十分に取れない状態が続いていた。検査の結果、食道裂肛の変形および加齢に伴う食道裂肛機能の低下により逆流が生じていることが判明。2016年初に腹腔鏡によるToupet法手術を受けた。
その後は逆流症状がなくなり平穏な生活を過ごしていたが、半年に1回程度の割合で1週間程度の間、喉の強い詰まり、胸部の不快感を覚えることを繰り返していた。
しかし2020年11月に突然、食道付近の強い痛み、飲み込み異常、呼吸の乱れが生じ、その日以降はこれら症状が途絶えることなく続くこととなってしまった。
12月にはかかりつけ医で内視鏡検査を行ったが食道および胃に異常はみられず、翌年2021年1月の食道裂孔ヘルニア手術後定期検査の際に症状を訴えた。診察では食道アカラシアが疑われ、検査入院を行い検査を行ったが本検査でも異常はなく、また飲み込み異常の原因となる現象も確認されなかったため、消化器外科で行える治療はないとの判断から、2月から総合診療部への治療変更が行われた。
症状の悪化と治療の模索、そして休職へ
総合診療部では食道付近の強い痛み、飲み込み異常、呼吸の乱れの内、強い痛みと飲み込み異常に着目して、原因究明ではなく対処療法を優先する方針がとられた。
治療は痛みに対しては末梢神経系の鎮痛薬、抗うつ薬、および飲み込み異常に対してはCa拮抗剤による弛緩効果を狙って処方が開始された。処方後は軽微な効果が認められるものの改善にはど遠く、薬の効果の評価と変更を繰り返しながら、効果が高い薬の剪定に努めていった。
しかし、鎮痛剤の最大量を服用しても効果は薄く、疼痛症状により睡眠薬を服用しても1時間半ほどしか寝られない状態が続いたため、最大量を6分割して深夜も含め4時間おきに服用を続ける生活となってしまう。さらに不安や痛みから深夜に大声で叫んでしまうなど心身の疲弊が顕著となり、通勤、さらに業務遂行も困難となっていったことから同年5月に休職を申し出、即日受理され療養生活へと移行した。
ペインクリニックへの移行により治療の転機を迎える
休職に入ると同時にほぼ寝たきりの状態に陥る。外出は通院の時のみで、ほとんどの時間は痛みと呼吸の苦しさからベッドに横たわり過ごす日々が続いた。また、飲み込みのしづらさ、食事による痛みや不快感のため体重も発症前に比べて7Kg程度減少していた。
総合診療部での対処的治療の過程で、疼痛を含む症状、服用薬の選別と効果の結果から食道裂孔ヘルニア手術による合併症との診断が下る。原因が判明したことにより根治治療は困難である状況は変わらなくとも、精神的には”原因不明”の状態から脱したことで何もわからない状況から一歩前進した実感を得られ、安堵の気持ちが湧き上がる。
服薬による対処療法が一旦終了したとの判断により、より疼痛等症状の緩和に向けて、5月から院内のペインクリニック科へ治療が引き継がれた。
ペインクリニック科では治療経過の情報から二つの治療提案を受ける。一つは星状神経節ブロック、もう一つは硬膜外ブロックである。
まず、星状神経節ブロックを受けたが、症状に変化を感じられず、約1週間後に硬膜外ブロックを受けることとなった。その際に、もし硬膜外ブロックが効いたならば脊髄刺激療法が効く可能性がある。そして現在の症状の原因である内臓痛は脊髄刺激療法の適用が可能であるとの説明を受けた。
硬膜外ブロックの結果は非常に良好で、発症前の健康時の状態に戻ったかのような軽快さと治療効果を感じられた。しかしその持続時間は7時間程度と短く、その日の夜には再び4時間おきの服薬と1時間半程度の細切れ睡眠の生活に戻っていった。
2週間後、硬膜外ブロックの効果が良好であったことを報告し、脊髄刺激療法を受ける意思を主治医に伝達。これにより6月中旬のトライアル手術が決定。念のためもう一度、硬膜外ブロックを処方し効果の再現性確認を行い、前回と同様に7時間程度で効果が消えることなど、効果の再現性を確認することができた。
脊髄刺激療法のトライアル手術
6月中旬に実施したトライアル手術は局部麻酔で行い、意識下で痛みの箇所と信号の効果を確認しながら2時間弱の手術を終えた。トライアル用リードの植え込み自体には麻酔の効果で痛みはなく、リードが体外に出る箇所も麻酔が切れた後でも特に痛むことはなかった。しかし体外に接続された中継機器が引っ張られ、リードとの接触が悪くなる事があったたため、病院で借りたポシェットに入れ常に肩からぶら下げていた。
トライアルの結果は良好で、硬膜外ブロック注射に近い効果を24時間、連続的に得る事ができた。このため、病棟内での歩行+階段昇降などの活動負荷をかけた状態での痛み+呼吸の確認を毎日4回行い、主治医にフィードバックをかけるため自身で効果状況を把握するための即席の記録簿を作成し、毎日記録を続けた。
2週間弱の入院中は順調に活動負荷を重ね、治療効果を把握するとともに、本植え込みへの期待が高まっていった。退院後は再び鎮痛薬を主とした治療に戻り、8月に予定された本植え込み手術を待つこととなった。これは脊髄刺激療法機器のMRI対応機種リリースを待つ意味合いがあったが、しかしこの2ヶ月間でもう一段階症状が悪化し、再び寝込む生活に戻ってしまった。
以前は服薬しか治療法がない時点で、体力も気力も限界を超えてしまい休職に入っていたが、その時点では脊髄刺激療法のことも知らず、通院することもかなり苦痛を伴い状態だった。しかし総合診療部およびペインクリニック科を受診し、ステップバイステップで治療方法を確認したことで、トライアル後の症状悪化も期待を持ってやり過ごす事ができた。
脊髄刺激装置本植え込み手術
トライアルの約2ヶ月後の8月下旬に本手術に臨んだ。脊髄へのリードと、腰部への制御機器の植え込み手術は、前回と同じく局部麻酔により行ったが、リードの位置合わせに時間がかかり、トータルの手術時間は5時間半ほどかかった。
局部麻酔での刺激電極埋め込みは経験済みで、痛みなどは特に感じなかったが、リードの腰部への引き回しやアンカーの設置、特に腰部へのジェネレータ植え込み用の"ポケット"作製の際は強い痛みと不快感が伴った。
手術の結果、電極リードを脊髄に差し込む箇所およびジェネレータを植え込む箇所には各10針程度の手術痕が残った。また、腰部へ植え込んだジェネレータは、腰ベルトに装着したバッテリーパックから"非接触充電"を行うが、術後しばらくの間は創部の腫れのため、なかなかうまく充電ができず。また、背中のアンカーも落ち着くまでの数ヶ月間ゴロゴロして不快だった。
また、トライアルの時ほどの治療効果は実感できなかった。理由としては本植え込み期間までの間に症状が一段階悪化していたこと、リードが厳密にはトライアル時と同じ箇所に留置できなかったため、治療刺激の位置や感覚に相違が生じたものと考えられた。
脊髄刺激装置本植え込み後
脊髄刺激装置の植え込み後、徐々に日常生活下での活動負荷を上げていき、治療刺激の効果確認と調整をおこなっていった。最初の3回は2週間に1度の通院により刺激調整を行い、以降は月に1度の通院で刺激調整を繰り返した。
しかし、当初は一定の疼痛低減効果は認められたものの、11月頃から徐々に増悪を感じるようになっていく。歩行時には息切れと胸の不快感が強く出てしまい、100mも歩けない状態が続き日常生活への復帰はまだまだ難しく感じられたが、友人と話していた際に、「もともと登山をしていたのだから、杖があるのでは?試しに杖をついて歩いてみたらどう?」との助言を受け、試してみたところ、思いのほか杖の効果が大きく、歩行に際しても息切れと胸の不快感を軽減を感じ、ゆっくりではあるが長く歩くことができた。
発病前は歩くスピードも早く、また週末には登山や渓流釣りで山道を20Km程度を歩くなど体力には自信もあり、また発病しても足腰には全く不具合を感じていなかっただけに、杖を用いた歩行には思いもよらず、友人の助言は目から鱗が取れたような発見でもあった。
手術後からおよそ6ヶ月を経過した頃から治療効果が安定し、日常生活にも大きな支障を感じなくなっており、主治医による復職可の判断を受け2022年5月に復職に向けた面談を行った。以降は復職プログラムに従い、5千歩/日の歩行に加え、図書館での読書など外出を伴う計8時間程度の活動を3ヶ月弱実施し、その間に問題がないことを確認した上で7月下旬の復職を果たした。
復職後も月に1度の通院をしながらフルタイムでの就労についた。就労内容についても、以前と同様のマネジメント業務に就くことができ、精力的にこれまでの遅れを取り戻すかのように仕事に打ち込めるまでになった。また、以前は電車とバスを乗り継ぎ、片道1時間ほどの通勤であったが、混雑時による心身の負荷、立位での姿勢保持が難しいため、利便性を考え原付での通勤に切り替え、通勤時の負荷低減を行い、就労に全力を傾けられるようにした。
再び症状が悪化
復職から2ヶ月間は症状・体調面の問題もなく、仕事に打ち込むことができたが、9月下旬頃から徐々に増悪を感じるようになってしまった。
原因は不明だが進行性の症状により過去にも階段の踊り場を下るように、一旦安定していた症状が悪化をしてしまうことが2回ほど発生しており、今回もその状態を繰り返してしまった。
このため、会社に相談の上でリモートワークに切り替え、業務に努めていたが体を起こしておける時間が日に日に少なくなり、10月に入るとミーティングの時だけ机に向かい、それ以外の時間はベッドに横になることが多くなってしまった。
このままでは業務に支障が出てしまい関係者へ迷惑をかけてしまうこと、既に切り札である脊髄刺激療法を受けた上でも症状の悪化に対応が難しくなったことから、現状での業務遂行は困難と判断し、治療に専念するため退職を決意。2022年11月末日をもって退職をした。
療養生活とイタミモトモニ活動の開始
退職を契機に気持ちを入れ替え、治療への専念による改善と神経障害性疼痛を患い経験したことの共有のふたつを当面の課題と目標に据えて活動を開始した。
治療では、従来までの治療刺激を見直し、①単一刺激では効果が感じられなかった治療刺激の再評価、②治療刺激の重ね合わせ、③治療刺激スケジューリングの再構成、④疼痛部位へのアプローチ見直し、の大きく4項目について主治医、メーカー担当者、および自身の3者間で提案や相談、試行などを重ねてその時々のベスト設定の模索を始めた。
その結果、2023年5月には残された数少ないホビーであるバイクのラリーイベントにも参加でき、往復約900Kmを4日間かけて走破した。
また、これらの治療刺激調整の経緯や、脊髄刺激療法の解説や使用感などの情報、慢性疼痛全般に関する論文やニュースなどをイタミモトモニで共有するとともに、治療の実際についての相談などを受ける活動を行った。
しかし、6月頃から再び症状が悪化し活動量が減ることとなった。
脊髄刺激装置の不具合とマインドフルネスへの出合い
症状の悪化は直前に参加したバイクイベントの疲れ、そして過去にも経験した安定状態からの悪化が原因と考えていたが、実際はそれだけではなかった。
現在使用している脊髄刺激療法機器はMRI対応機器であり、その刺激リードは16極を有する最新のものであるが、2本植え込んだリードのうち1本に7極のインピーダンス異常が発生していることがわかった。電極のインピーダンス異常はMRI対応不可となるばかりでなく、治療刺激の適正な出力にも悪影響を及ぼしてしまう。このことが原因で適正な治療刺激を疼痛部に送ることができず治療効果が激減したことが悪化の要因と考えられたため、リード1本の交換、および兼ねてから充電状態に不信感を抱いていたIPG (刺激装置)交換の手術を緊急で行うこととなった。
2023年8月に交換手術を行なったが、局部麻酔下での交換手術は相当な苦痛を伴うものであった。無事に手術は成功したが、その後も疼痛症状の大きな改善は感じられず、再び治療刺激の調整を繰り返す状態となった。これはトライアル→本植え込みの際にも経験したことだが、前回とリードの留置位置が微妙に変わってしまったこと、疼痛部位が増え、また痛みや不快感の感じ方も変わったことが原因と推測された。
交換手術を行なったにも関わらず、再び活動が大きく制限される事態となってしまったが、2024年1月にマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を受ける機会を得て、改善することのない慢性的な痛みに対する受け止め方への変化を体感する契機にもなった。
マインドフルネスの習慣化と脊髄刺激装置の不具合の再発
痛みとの付き合い方はマインドフルネスの実践により大きく変わっていく。
当初は痛みを直視できず、気を紛らわせることしかできなかったが、MBSR以降の日々の実践、そして脊髄損傷による慢性疼痛患者が開発した体の痛みを和らげるマインドフルネス(MBPM)の実践により、痛みを受け入れ共存していく心への変化を得られた。これは自身にとって大きな変化であり、マインドフルネストレーナーを目指すことへ繋がっていった。
心理的には痛みとの折り合いがつけられたが、痛みおよび不快感による日常活動の制限は依然続いていた。2024年6月に際立った症状悪化を感じたため、診察時に確認したところ、前回交換しなかった刺激リードで2極のインピーダンス異常が発生してることが判明した。前回交換時も最初に電極異常が発生して数ヶ月で7極まで増えたため、当初植え込んだリードのロット異常を懸念し、再び交換手術を行うこととなった。
今回の手術ではリード位置は既に確認が取れていること、前回は局部麻酔下で相当な苦痛を感じたことから全身麻酔で行うこととなり、8月下旬に再手術が決定し無事に交換を行うことができた。
そして現在
2回目の交換手術では前回には感じられなかった治療改善を実感することができた。
今回の手術では刺激リードを留置する硬膜外腔内に癒着があったため、想定通りの場所への留置はできなかった。このため、左右非対称な刺激範囲となってしまい、過去に実績のあった治療刺激設定は使えなくなってしまった。しかし、①治療刺激の位置を今回の留置位置で最適化し、②さらに治療刺激の種類を変えたこと、③留置位置が想定より上側(頚椎にも届く)こととなったが結果的には従来想定をしていなかった部位に治療刺激が届くようになり、それらが治療効果にも影響を与えたことなどで、前回手術を上回る効果を実感することができた。
現在は頚椎に刺激リードが届いたことによる副次的な問題(腕の痛み)と疼痛部への治療効果との妥協点を治療刺激調整により行なっている。
今回の再手術の結果、手術前より活動量は歩数換算で1.5倍(3,500歩/日)程度まで回復している。健康時はもとより復職時の8,000歩/日にはまだ遠く及ばないが、少しずつでも活動量を増やし、”普通”の日常生活を送れるまで回復することを目指し、治療調整、心身のトレーニングなどを取り組んでいる。
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