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元祖消費税の混乱

これはちょうど30年前、僕が小学6年生の頃の出来事だ。

僕は当時、近所にある英語の塾に通っていた。もちろん行きたくなどなかったのだが、小学校の友達もいたことと、行けば母から100円がもらえたことが後押しになっていた。

塾の帰り、僕は決まってパン屋さんに寄り、ぴったり100円で売られている「原宿ドッグ」を買っていた。ワッフルみたいな生地の中に、チーズが内蔵された棒状のあれだ。トースターで焼くと、表面がカリカリになり、中のチーズはとろけ、それはもう絶品だった。ほとんどそれを買うために、塾に通っていたようなものだった。

その日も僕は、塾の帰りにパン屋さんに立ち寄った。トレーに原宿ドッグを一つだけ載せて、レジカウンターに向かった。そこにトレーを置き、ポケットから100円玉を取り出す。

「103円です」
レジのお姉さんが言った。

何だ、この変な数字は……?

僕は混乱しながら、レジの金額表示を見た。そこにはやはり、「103」という数字が光っている。

何だ、この変な数字は?

お姉さんが、「どうしたのかな?」といった表情で僕を見ているのに気がついた。

金額が変であることは事実だ。しかし、自分の持っている100円玉では足りないこともまた事実だ。

「ごめんなさい! 足りません!」

僕は100円玉をポケットに戻し、トレーを持ち上げ、レジに背を向けた。そして原宿ドッグが陳列されていた場所まで、ほとんどダッシュで移動した。パニックといえる状態だった。

「待って。いいよ。お姉さん払っておいてあげるから」

背後から声をかけられ、僕は固まった。
甘えてしまっていいはずがない。きちんと働いているお姉さんからとはいえ、おごってもらうのはまずい。しかしこのまま立ち去れば、来週まで原宿ドッグを食べることはできなくなる。どうしたらいいんだ……! これを3円ぶんちぎり取って、100円にしてくれたりしないだろうか。……ありえないな。

葛藤の末、僕はレジに戻ることにした。やはり食べたかった。

お姉さんは原宿ドッグを紙袋に詰めながら、今日から「消費税」というものが導入されたことを教えてくれた。

「助けてくれてありがとうございました」

僕はお礼を言って店を出た。何とか目的は果たされた。
目に映るのは見慣れた風景だ。しかし、僕の知る世界ではなくなってしまったかのような感覚をおぼえた。これからは、たくさんの一円玉が必要になるだろう。100円の原宿ドッグも、300円のSDガンダムのプラモデルも、350円のチョロQも、もういままでみたいにそのままの値段では買えなくなったのだ。いや待て。3000円や5000円するゾイドなんて、原宿ドッグが買えるほどの金額を別に払わなくちゃならないのか! いったい、なんて世界になってしまったんだ……。

絶望といっしょに帰宅して、夕食後、原宿ドッグをトースターにかけてから食べた。

アルミホイルに残った粕が、おまけしてもらった3円ぶんに見えてきて、僕はそれらを指にくっつけてぜんぶ食べた。

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