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「あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか」辻桃子著

最近は本屋に行くと、「俳句コーナー」は必ず立ち寄るのですが、プレバトの夏井先生の本がずらりと並ぶ中、その「題名」に惹かれて立ち読みしたところ、これはおもしろそうと早速購入しました。

著者の辻桃子先生は、「童子吟社」主宰。数々の俳句の賞も受賞されています。

虚子の忌の大浴場に泳ぐなり  辻桃子

この句は、正木ゆう子先生の「現代俳句」にも掲載されていて、「奔放な女流作家」として紹介されています。正木先生は「辻さんは大浴場で実際に泳いだ」と思われているようですが、本書で著者は「必ずしも、私、作者が泳いだと読まなくてもよい。」としています。

本書では、プロの俳人の名句というよりは、「童子門下生」の作句を引いて添削例を示しているので、とてもわかりやすいのです。その中で俳句の基本を述べています。

俳句はどの句も気をつけて読めば、「ふと思い」「はっと気づき」「つと浮かんだ」ことを詠んでいる。ということは、これらは大前提なのでどの句からも省略されていると考えるべきだ。(17P)
秋といえば淋しさはもう言わずに。作者は正直にそう思ったのだろうが、改めて季語の説明はしないように。(18P)
ものを書くということはとにもかくにも、作者の思い、心を表現するに決まっているのだから、直接にこの言葉を一句の中に使ってしまってはダメなのである。(22P)

これらで節約された字数を、「切り字を効率よく使う」ことや「反対のイメージのある言葉」をもってくることや、「『思い』そのものをいわずに『物』だけをごろんと出す」ことで仕上げていくことが奨められています。

「・・・だから」と簡単に理由、理屈のつくものは詩ではないと肝に銘じておこう(54P)
「一句一動詞」とポイントをしぼる基本を心がけたい(61P)
など、よく母から指摘される「べからず集」もおさらいになります

そんな俳句のノウハウもさることながら、辻先生の「生き方」を示した下記の文章が印象的でした。

私が主宰する、「童子吟社」が外の結社と少し違うところがあるとしたらそれは、むろん「下手であること」のエネルギーと愉快さ、パンチ力などを大切に考えていることである。外にもう一つ、恵まれない人、障害のある人、お年寄りなどを大切に考えているということもある。
才能や財力や行動力に恵まれた人なら、どんな結社に入ってもどんどん力を発揮できる。だが、そうして「うまい句」を作ったからって一体何になるだろう。たかが俳句を作るために、仲間を押しのけたり、恵まれない人を排除するくらいなら、俳句なんかやらない方がよい。俳句など作らなくてもみなが幸せに楽しく愉快に生きることの方がずっと大切だ。うまい俳句を作るからって他人に冷たい人など、何の価値があろう。俳句なんか下手だって他人に暖かい人の方がずっとずっと偉いのだ。これは多くの俳人の方々に何度でも言いたい。俳句は下手だろうと、人にやさしいことこそ最も大切なことなのだ、と。俳句を作るから友達でいる、のではなくて、俳句など無くても一生一緒に居たい人こそ友達なのだ、と。(198P)

これからの私の生涯において、嫁さんを始めとした家族・親戚はもちろんのこと、いろいろな活動をする中で、コラムや俳句が下手でも合気道や歌が下手でも、日本語を教えることや英語を話すことが下手でも、そこで一緒に生きていく「人にやさしいことこそ最も大切だ」と言い切れる人生でありたいと思います。

一方で、今までの「俳人」のイメージは「漂白の思いやまず・・・」と自分の美意識のみに殉じて家族や友人を始めとした周囲を顧みないところにありましたので、意外な感じもしました。