見出し画像

日本語指導と教科学習をどのようにつなげると効果的か?

日本語指導が必要な児童・生徒に対して、日本語指導をするのは日本語教師です。しかし、学校での「教科学習」を教えるのは、学校の先生です。

「教科学習」の理解が難しいのは「日本語の理解」に問題があるのに、日本語教師は「教科」を教えることはできません。もちろん能力的に難しいところもあるし、法律的に「教員免許」を持っていなければ教えることができません。一方で学校の先生は、自分自身は「自然に」学んできた日本語を「外国人学習者にわかりやすく」教えることはできない・あるいは苦手なのです。ここに「矛盾」があります。

そこで重要なのは、学校の先生と日本語教師の「連携」なのですが、ヒューマンアカデミー社教育実践Ⅱ講師のMO先生によると、これがまた「難しい」と言います。「子どもたちのため」うまく連携してほしいものですが、実態としてはなかなかうまくいかない。

教育実践Ⅱの授業では、「日本語指導と教科学習をどのようにつなげると効果的か?」グループワークで話し合ってみてください、と言われました。グループワークといっても、こんな時期なので、前後の受講生と2人で話し合うのですが、自分事として「学校の先生」「日本語教師」それぞれの立場に立って考えてみるとなかなか思い浮かびません。

他の受講生やMO先生から出てきたのは
・児童・生徒と日本語教師のやりとりに、教科書の内容をなるべく取り入れる。
・教科指導の中でも、黙読させるだけではなく、なるべく発話させる。
・イラストや映像を多用する。
・発声練習的に発話させる
・何回も聞く・話す
・教科書の語彙を使って日本語の例文を提示
・教科書の重要語彙を絞って教える
・教科に関連するよみやすい読み物を読ませる
・日本語文法だけでなく、国語文法(日本の学校で日本人に「国語」を教える時の文法)を意識して教える。
・教科書の言葉を使った漢字テストをする

要は、日本語授業の要諦と一緒で
・なるべく学習者に発話させる
・学習者と大量に「やりとり」する。
そして、その内容に「教科書の内容」を取り込み、「教科書の内容」に触れる頻度を増やすということです。

その中で、日本人なら「当然わかる」と思っていることが、「外国人学習者にはわからない」ことがあることを理解すること。例えば
・算数の「ひく、かける、わる」はどういう意味だとか
・「ノートの上に筆箱を置きましょう」と言う表現が、筆箱をノートの横に置くことなのか、筆箱をノートに重ねておくことなのか、わかりにくいことを理解するとか
・「ノートをとる」とか「プリントをまわす」とかいう「慣用句」が、外国人学習者にはわかりにくいと理解するとか
・背筋を「ピッとする」とか「お口にチャック」とかいうオノマトペが、外国人学習者にはわかりにくいと理解するとか
「子どもたちにつながる日本語」でF先生が話されていたようなことを、これは「学校の先生」が理解することが必要でしょう。