見出し画像

【詩】エマルション

「私なんて、居ても居なくてもいっしょ」
って、息をつく帰り道。

えっ、ちょっと待って。
自分の存在が、ないものだとおもっているの?
そんなの勘違い。

今もきっと、
あなたの自己否定が誰かを傷つけ、
あなたの劣等感が誰かの劣等感を刺激している。
例えばあなたの隣の席の人とか
電車の向かいに座ってる人とか
あなたの上司とか。

あなたがここに存在する限り、
あなたはあなた一人だけのものじゃない。
気づいている?

消えたいと願う日も、
あなたがそこにいる限り、
あなたは誰かを傷つけている。
誰かに影響を与えている。

あなたの存在は居ても居なくてもいっしょ?
そんなわけがない。

あなたは息をしているし、
そこにいる限り「居る」ことを肯定されている。
当たり前のように。


     *


宇多田ヒカルのベストアルバム「SCIENCE FICTION」のELECTRICITYを聴いていた。
ベストアルバムの発売とリアルタイムで、彼女が色々なテレビに出ていたから、追っかけみたいに貪って見聞きしていた。

テレビ朝日 EIGHT JAM の宇多田ヒカル特集で、
「人は貯水槽みたいなところで繋がっているから、自分にとって本当のことは他の人にとっても本当のこと」って言ってた。

「じゃあ宇多田ヒカルが思うことと、私が思うことも一緒なのかな?
っておもってこの詩を書いた。

うん、でもこの詩は格好つけすぎね。
難しい言葉や言い回し、物語性を意識しすぎてる。
そんな小難しいことしなくても(顔の整形手術みたいに)、貴方はそのままでいいはずなのに。
でもそう思えない、常に不安を抱えてる人間を描きたかったんだよね。(うん、そうそう)
うん、でもやっぱり宇多田ヒカルときみは明確に違うと思うんだ。(うん、そうだね、全然違ったわー、他人と「同じ」と思うことはやめよう。)


    *


エマルション    佐為茉利

私たちの過去は
現在と直結しているが、
きみはエスカレータで
去っていった
親密なすれ違い
笑えない冗談
ひらりと飜るスカート
爆笑は沈黙した

俺はきみを忘れる為に
駅で乗り換えて
トイレで化粧をして
鏡を覗き込む
俺ときみが会うのは月に一度だけ
俺はどこにも帰る気がしなくて、
ホテルに寄る
「影を否定したうえで、
 輝こうとしたらだめだよ」
きみはそっと告げ口した
「アドバイスが欲しい訳じゃないよ」
俺はそう言って、
背を向けた

   *

これから、
どこにしますか?
まぶたかな
もう少し視界が広ければ
宇宙がよく
見渡せるかもしれないね
あなた眼瞼下垂だから
針金でまぶたを吊り上げるけど
笑気麻酔にて痛みがないよ
クレグレモ、
重力に逆らわないように

その人はくすりと笑う
蝋燭の火が消えた
ホテルの部屋は真っ暗になる
その人は闇の中に分け入った
痛ッ
と火花が散るが
その人に聞こえない
俺は言葉を失った

(他人のフリする都会の暮らしは
「自分から先手を打たない」こと
この惑星で生きてて楽しいのは、
若者と金持ちだけ。
あとは抜け殻達。
彼らは永い夢を見ているのかもしれないネ
「天才」の枠組みから抜け出せない
「どうせ死ぬし」諦観できるほど老いてはない
「うちの子に無理」言われたように自虐する
生まれた名前、そこに自分のエッセンスを落とし込む
ちょうど、あいさつの機会を与えられるように。)

/あなた醜くて仕方がないときは
これで治すといいよ
きみは紙包みを取り出した
暗い個室で欲望を露出させた女の映像が
チカチカと片目を刺激した
小部屋は薄い壁で区切られているが、
発酵した人間の臭いが充満し、
めまいがした
「あと、女性の多い職場はやめた方がいいよ」
「......なんでだよ?」
「可愛い子は、嫌な目に遭うかもしれないから
ネ」
不気味に闇を見せて笑う
その傷口から泥が噴き出してきて
俺は抑え込もうと立ち上がるが
天井がひくり返るような心地が
し    
     /自宅の台所に対峙する
目玉が
俺を見上げて嗤う
フライパンに焼かれ
日常のフリをして潜む
真人間の顔をした
俺の中の
悪魔

世界との平衡感覚が掴めないのなら
己を壊すしかない
俺は鏡を
殴った、殴った
殴った
きみを
殴った

なんと、
驚くべきエマルション
落下した隕石が
俺の皮膚の上でクレーターとなっ


(日本現代詩人会 第33期 投稿作品)


いいなと思ったら応援しよう!