正解は進まないこと
小学生の頃、宿題の日記を書くのが大好きだった
担任の先生はいつも大きい花丸をつけてくれて
毎日の何気ない出来事を面白おかしく書くだけで、みんなが笑ってくれるそれが嬉しかったのだ。
大人になった今、毎日の出来事を誰かに伝えたりはしない。本当の気持ちを誰かに伝えることは恥ずかしい事だとも思える。
あの頃みんなが当時の私を笑ってくれたように、どこかの誰かが今の私を笑い飛ばしてくれたら
なんとなく心が救われる気がするのだ。
まだ冷たい風が通り抜ける2024年3月、
ハッピーニューイヤーからもう3ヶ月が過ぎようとしている。3.2.1の掛け声と共に、お祝いのテロップが慌しく流れるテレビの画面を眺めながら年末の出来事を思い出していた。
年を越すことを「明けましておめでとう」と言い出だしたのは誰なんだろう
何で年が明けるのがおめでたいの?なぜ??
そんなことを考えること自体どうかしてるけど、答えはきっとこうだ。
悲しいことや辛いこと苦しいことも全部今年に置いて、新年を迎えよう。新しい年は今よりもっとハッピーになるでしょう。
2023年、1年の締めくくりに出会ったその男の子との始まりは1通のDMからだった。
たくさんの男達と寝た記録をポツポツと残していたTwitter(X)には、よく分からない男からのDMが数え切れないほど届いた。
いろんな男と交わる私と、容易にSEXが出来る可能性を信じて毎日せっせとDMしてくる男達さん。
その涙ぐましい努力を私は知っている
性欲が強い男に生まれなくて良かった
生まれ変わっても女でありたい
欲を言えば、ナチュラル高身長美人にしてほしい。でも我儘は言いません。
何故なら男とSEXをしたいだけなら、乳首とまんこがついていれば大抵の男とは寝れるから。
アプリとかTwitterでの出会いはそんなものだ、
可もなく不可もなく、普通の女がしたい時にしたい人と出会うのはそう難しい事じゃない。
「初めまして」
当たり障りのない挨拶から始まるそのDMをなんとなく開いたあの日、なんとなくDMを返してなんとなく会うことにした。
なんとなく始まる物語りは、いつだってなんとなく終わってたりする。そんな事も分かっていたはずなのに人は大事なことほど忘れたりもする。
待ち合わせ場所に現れた車にそそくさと乗り込んで「初めまして」と言葉を交わした。
これも何回目だろう、何十回も繰り返してきたはずなのに毎回ドキドキしたりする。
軽く会話をしながら相手が決めてくれていたホテルへ向かって、やることをやった。今日も気持ち良く寝れそうです!ありがとうバイバイ!で終わるのが定番の流れなのに、わりと話し込んだ。
SEXした後にぬるくなった浴槽に浸かりながら、中身のない話をする時間が私は好きだ。
仲良くしてきた男達とも長風呂をしながらいろんな話をしてきた。
なんてことない話をしながら時折、屈託のない笑顔を見せる男の子が可愛くて私もまた笑った。
「お家にも遊びきてくださいね」
これも何回も言われてきた言葉だ。皆に言ってるんだろうなぁ。部屋に呼んじゃうタイプか。
そんなことを頭の隅で考えながら、うん行くね!またね!と元気に返した。
またね、から先へ続く男はなかなか居なかったりする。食べたことのない料理を食べてみたい、知らない味を知りたい。そこには今まで感じたことのない幸福感があるかもしれない。
そんな期待を胸に新しい男たちと出会う瞬間は刺激的でなんでもない日常にスパイスをくれたりする。
しばらく連絡を続けて、またねのまたがやってきたのは、1週間後だった。
そう、私の悪い癖だ。気に入ったモノを毎食食べ続けて最後は嫌いになったことがある。
里芋が美味しいと気付いた幼少期に、
豚汁の里芋だけを掬い出してもはや豚汁の豚(とん)も汁(じる)も入ってないお椀に山盛りになった里芋をひたすらに食べて具合が悪くなった。その日から里芋と出会う度に具合が悪い私を思い出してまた具合が悪くなる。本当にお馬鹿さん太郎だ。
大好きの先のゴールが大嫌いなら、その味を知りたくなかったとさえ思う。
とくに真新しい男との出会いも求めて無かったし、めんどくさい初回のはじめましてを越えてきた男の子と過ごす時間は安定的で楽しかった。
引っ越して間もない真新しい部屋には、少しの家具と脱ぎかけの服がある。男の子の部屋だ。
「ゆっくりしていってね」
はい、ゆっくりしすぎました。
土日休みを良いことに金曜の仕事終わりに高速道路を走らせて、週末は男の子の家へ通った。
私はその様子をTwitter(X)に残し、
料理が好きな男の子、週末に会う私
その男の子を週末料理くんと名付けた。
「今日何食べる?」
近くのスーパーに一緒に買い出しに行って食材を手に取り、今日作る料理を決める。
1人とまた違うその時間に満足していた。
キッチンで週末料理くんと並びながらケラケラ笑いながらご飯を作る新鮮だけど懐かしい時間、
一緒に作ったご飯は何より美味しかったのだ。
「男に作ってもらう美味いご飯は最高の前戯」
おしゃれ!最高!えろい!
Twitter(X)でかけられる言葉とは裏腹に
ストーリーに反応してくるリアルのお友達にはめちゃくちゃ心配された。
揃いに揃って同じことを言っている。
口裏でも合わせたかのように同じ事を言われた。
「暗い所に居たら気持ちまで暗くなるでしょ早く帰ってきなさい!!」
まるで母親かのようなメッセージを送ってくる友達の通知で間接照明に照らされたスマホが小さく揺れていた。
毎回ご飯を食べた後に、料理くんが豆を挽いてコーヒーを淹れてくれる。
美味しいコーヒーを飲みながら、私に向かって料理くんが小さく呟いた。
「来世ちゃんと飲むコーヒーは悲しい味がする」
週末料理くんといろんな料理を毎週末に嗜んだ私を心配していた友達の予感は見事に的中した
週末料理くんは12月末には消えてしまった。
ある日突然、LINEごと消えてなくなった
「メンバーがいません」
あっけなく終わるこの関係性が、なんでもない日常のひとつなら、あと何回こんなお別れがくるんだろう。
セフレでも友達でもただの顔見知りでも、
何にも言わないで消えていなくなったその事実が
とても悲しかった。
クリスマスに一緒に食べようと約束して、ずっと前から予約していた真っ白なケーキと渡すはずだったクリスマスプレゼントだけが残った。
一緒に作ったご飯、天気が良い日の外食、
おしゃれなカフェに行ったり、普段はやらないゲームを教えてもらいながらまったりした時間、
それらの全てが消えてしまったような気がしていた。
きっと友達だったらこんな事もなかっただろうなぁ、とか私が男の子だったらもっと違う出会い方をして仲良くなれていたかなぁ、とか考えてもどうにもならない事を考えたけど全部全部、
杞憂にしか過ぎなかった。
それからしばらくして、料理くんは何事も無かったかのように連絡をくれたけど私は何て返すのが正解か分からなくて、自分で淹れたインスタントコーヒーを1人寂しく飲むのでした。
「仲良くしている男をもっと大事にしろよ、上っ面でもいいから大好きとか言えないわけ?可愛げがないんだよ」
男友達が呆れ顔で投げかけてきた言葉を思い出す。
料理くんと並んでご飯を作る夜、料理くんにはっきり大好きを伝える私を見て料理くんは困った顔をして笑っていた。
遊んできた男たちに伝えてきた大好きは、
私自身に言い聞かせた都合の良い言い訳だったのかもしれない。
週末の夜、大好きな人と食べるご飯は何よりも贅沢でスペシャルに違いない。
「都合の良い関係の正解は進まないこと」
まだ風が冷たい。
私はゆっくりとした足取りで歩き始める
ゴールはまだまだ先だ。
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