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【#短編小説】ロリィタ血煙伝 〜夜炎ギャル組長、大腸リボン結びの巻〜

 2043年、Osaka。

 輝く、ホログラムの代紋。
 ラインストーンでデコレーションされた三階建てのビルに、フリルで彩られたトラックが突っ込んだ。

「おいてめぇ誰――ぐあっ!」

 階段を駆け下りてきたガラの悪い青年の額に、銃弾が突き刺さる。

「カチコミですよ、こんばんはぁ!」

 トラックから降りてきたのは、白と黒で構成されたロリィタファッションに身を包んだ少女であった。
 見た目からして十代半ばか、それ以下。
 間違いなく、車を運転してはいけない年齢の少女である。

「てめぇこのやろう! ぎゃあ!」
「生きて帰れると思っ――ひぃっ!」

 左手に拳銃、右手に刀。
 見事な刀さばき、銃さばき。
 少女はバッタバッタと敵をなぎ倒し、柔らかいブロンドの髪をたなびかせながら階段を駆け上がっていく。

「くそっ! なぜ当たらねぇ!」
「練習不足だからだと思います」

 少女は壁を蹴って兎のように跳ぶ。
 続いて手すりを足場にして、まるで月にでもいるかのように高く飛び上がった。

「なんで後ろに……? うおっ!」
「おい! 馬鹿止まれ! うあ、うわああああ!」

 少女に背中を蹴飛ばされた男が、仲間を巻き込み階段の下へと転がっていく。

「おいこらぁ! なにしとんじゃこの餓鬼ぃ!」
「なにって、カチコミですけど。見てわからないですか?」
「あ? ぎゃっあああ! 脚がぁあああ! 俺の脚がぁああああ!」

 生死などどうでもいい――――といった風に、少女は無駄のない攻撃で、次々と現れる邪魔者を無力化しながら進んでいく。

 死体になった者……。
 手足を欠損させられた者……。
 失明した者…………。

 運よく、逃げ出すことができた者。

「ふう……七分三十秒ななふんはんってとこですかね」

 少女は、多数の犠牲者をこえ最上階へと足を踏み入れた。

「なんじゃいおんどれぇ!」
「なんじゃいって、カチコミですけど」
「おい、来るな! この部屋には入れさせ……」

 最上階には部屋一つ。
 扉を守るのは、連射可能な銃を装備した二人。

「どいてください。そこに用があるんです」
「この化け物がぁ! 近づくんじゃねぇ!」
「嫌です」

 銃声と、断末魔。
 後の静寂――。

「ふう……………………おじゃましますねっ!」

 分厚い扉を強く蹴りけ、少女は部屋へと押し入った。

「殺し屋さん、いらっしゃーい!」 

 部屋の中には、五人。
 一人を除き、皆武装している。

「元気な組長ですね……」

 少女が睨みつけるのは、武器を持たぬ女だけ。

「なんや自分、単騎でここまで来たん? かー、はんぱない殺し屋やねぇ!」

 日焼けした肌、明るく脱色した髪にド派手なメイク。
 露出の多い服を着用したこの女こそ指定暴力団テンアゲ組組長、夜の炎ナイトオブファイアこと火烈 麗火かれつれいかである。

「おうこらぶち殺すぞわれぇ!」
「お姫様みたいな服着やがって! 可愛いと思ってんのか! おお!」

 麗火の周囲の者たちが、少女を脅す。

「あー、みんなちょっと静かにしてや。ウチ、ちょっとお客さんと話したいんや」
「しかし組長……」
「静かにせぇ言うとんやけど」
「す、すみません」

 威嚇する組員たちを黙らせたのは、麗火であった。

「さて、殺し屋さん。自分、ウチが火烈 麗火だってわかって喧嘩売っとんのよねぇ?」

 重厚な机の上に飛び乗り腰に手を当ててポーズを決める若き組長、火烈 麗火。

「もちろん、そうですが」

 麗火の背後には、綺羅星のようなデコレーションをほどこされたテンアゲ組のエンブレム。

「ウケる、めっちゃいいやん! なぁ、ゴスロリちゃんはなんでウチを――」
「これはゴスロリには分類されない服です。素人にはそう見えるかもしれませんがゴス要素はありません」

 少女はくるりとまわり、服の全容を見せる。

「自分から背中見せといて、隙がないなんて大したものやねぇ」
「ロリィタに隙があるわけないじゃないですか」

 淡々と言い放った少女を見て、麗火は嬉しそうに笑った。

「はー、ウケる! 自分、あれやろ。最近噂の……ああ、たしか名前がピョン…………ピョンス・ポコトット・ピョコリンティーヌや! 可愛い名前やね、ポコトットちゃん」
「本名まで調べられたのははじめてです」
「うそつけ、偽名やろ。しかも裏じゃ有名やんけ」
「はい、偽名です。しかも裏じゃそこそこ有名です」

 ロリィタファッションの少女ポコトットが、麗火に銃口を向ける。

「われ! なに組長狙っと――」

 バン。
 ポコトットを撃とうとした男を撃ち殺したのは、麗火であった。

「なあ、ウチが今しゃべっとるやろ」

 部下を撃ち殺すためにホットパンツの腰から抜いた銃を、ポイッと捨てる。

「あの、偽物の金髪さん。そろそろ殺していいですかね」
「偽物の金髪……? おいそれ、ウチのことか!」

 麗火は本気で驚いているようである。

「ついで言うと、そのOsaka弁も偽物ですよね。あなたの地元じゃあ、今の季節そんなへそ出しファッションできないでしょう」
「はー、よう調べとるな。せやで、うちはNiigata出身や。せやかて、郷に入っては郷に従えやって言うやろ」
「はっ……縦向き信号がミナミでブイブイとは笑わせますね」

 ポコトットは明らかに年上である麗火に向かって、心底舐めた態度を見せた。

「ポコトットちゃん、めっちゃ性格悪いな。敬語、似合わへんで」
「敬語を使うのは、下手な方言で地元を見破られないためですよ。あなたのような悪辣に知られたら、身内攫われますからね」

 次の瞬間、ポコトットの姿が消えた――――ように見えた。
 尋常ではない速度の踏み込みで、数メートル先にいた麗火の足元に迫ったのである。

「組長ぉ!」
「大丈夫や」

 机の上の麗火、床の上のポコトット。

「大した能力ですね」

 ポコトットの横一文字斬りは麗火の足首を切断した……はずであった。

「ギャルの技、その一。長き爪ネイルチップや」

 力いっぱいに振るわれた刀を止めたのは、麗火のつけ爪。
 素早くしゃがんで、わずか五センチほどの爪で1キログラム以上はある刀を受け止めたのである。

「なあ、ポコトットちゃん。標的はウチか、それとも組か」
「あなたです」
「なるほど、なるほど。ポコトットちゃんはバーサーカーじゃないわけやねぇ」
「あなたはバーカーですけどね」
「うーん、それ、Osakaでやるギャグにしては微妙やで」

 麗火は机から飛び降りると、ねぎらう様にポコトットの肩を軽く叩いた。

「なあポコトットちゃん。つまりは、逃げた部下は殺さへんってことやな?」
「何言ってるんですか? 見つけ出して殺しますよ。連帯責任です」
「今はウチで手いっぱいっちゅうことか……おいおまえら、今のうちにいねや」

 麗火は部下に、逃げろと命じる。

「しかし組長……」
「おまえらがおったら邪魔や言うとんねん! さっさとどっかいけ!」
「はっ、はい!」

 組員たちは我先にと、その場から消えた。

「優しいとこ、あるんですね」

 二人きりになった部屋でポコトットが拳銃を捨て、両手で刀を構える。

「そんなわけあるかい。今から使う技はな、障害物少ないほうがええんよ」
「!」

 麗火が空中で手を振ると、ポコトットの頬が切れた。
 まったく、触れられていないはずなのに……。

「ギャルの技その二、刃螺破裸パラパラや」
「空気の刃……かまいたちみたいなもんですか」
「ほら、ポコトットちゃんも乙女能力ガーリースキル出さんと死ぬで!」
「ああ、それなら無理ですよ。私、ファッションロリィタなんで」
「はぁ?」

 今まさに踊り出さんとしていた麗火は、きょとん。

「ファッションパンクってあるでしょう。あれと同じです」
「ふむ」
「どうも、神は私をロリィタと認めたくないらしく、乙女能力ガーリースキル使えないんですよね」
「ほんまか」
乙女能力ガーリースキル使えたら、チャカとポントーなんて持ってきませんて」

 ポコトットはあきれ顔でそう言った。

「…………それは悪いこと聞いたな。せや! ポコトットちゃん、ギャルになったらどうや。そしたら乙女能力ガーリースキル使えるかもしれへんぞ!」
「ファッションギャルになるだけですって」
「いいや、違う。ギャルかどうかは自分で決める。自分をギャルだと思った時がギャルのはじまりや! どうや、そこのクローゼットにギャル服山ほどあるで!」
「私、あなたの敵なんですけど」

 麗火はひとしきり笑ったあと、左右に小刻みなステップを踏みだした。

「なら、こうしよか。ウチが勝ったらポコトットちゃんはウチの部下になる。ええな? ほな、全力サビからいくで!」

 ステップに合わせ、両手を頭上で靡かせる。

「ああ、パラパラって連発できるんですねぇ」

 デコレーションされた高そうな壺、デコレーションされた厳めしい掛け軸など……部屋に飾られた品々が、次々と見えない刃に破壊されていく。

刃螺破裸パラパラはウチが踊り続ける限り続く永久不滅刃エターナルヤッパや!」
「そうですか」

 ポコトットは床に敷かれたヒョウ柄のラグマットにつま先をひっかけた。
 そして足を高く上げ、一気にめくりあげる。

「目隠しのつもりか!」

 すぐさま切り刻まれて散らばるラグマット、その向こうにポコトットの姿はない。

「パラパラって、動き遅いんですね」

 ドサリ。
 斬り落とされた麗火の右腕が、ファーのラグマットの上に落ちた。

「はは……ウケる。ウチのパラパラ・・・・を遅い言うたんは、ポコトットちゃんが世界初やで」
「パラパラって片手でも踊れるんですか?」
「あたりまえやろ。すぐに、刃螺破裸パラパラでバラバラにしたるわ」
「強いんですね」
「ギャルやからな。しかし、腕痛いなぁ……火燕ぴえん

 麗火が泣きまねをすると、中空に炎の小鳥が現れた。

「可愛い乙女能力ガーリースキルですね」
「せやろ。今日は着とらんけど、ファイヤーパターンも意外とギャルに合うんやで」
「しかし、見たところあなたは古いタイプのギャルだと思うのですが……ぴえんは世代違いなのでは?」

 ポコトットは冷静である。

「ウチはな、ありとあらゆる時代のギャルのミクスチャースタイルや。だから強い……っぐうううううう!」

 燃える小鳥が、ピュウピュウと血を噴き出している腕の切断面にとまって焼く。

「ふうぅううう。止血完了や」

 麗火の額の脂汗が、ラインストーンのように輝いた。

「焼いて止血するのって、痛いですよね」
「はは、共感してくれるん? ポコトットちゃん、なかなかええ子やねぇ。傷焼いとる間も、待っててくれたし」
「あなたに隙がないだけですよ。あったら殺してます」
「そっか……ぴえん・・・

 再びぴえんと言ったが、炎の小鳥は増えない。

「でもまあ、びっくりしましたよ。ギャルの隙がこんなにも少ないとは。肌がっつり出してるくせに」
「案外、ロリィタみたいな肌出さん女のほうが隙だらけなんやで」
「それは偏見です」

 二人は、一定の間合いのまま動かない。
 動いているのは、真っ赤に燃える小鳥だけ。

「ポコトットちゃん、なんでウチのたまとりたいんや」
「あなたが大きくかかわっている、自分が可愛く見える薬ダムゼル・イン・ディストレス。あれの迷惑被ってる人、すごく多いんですよ」
「なんや、警察ごっこか。つまらんなぁ」
「私の白黒の服、パトカーみたいでしょう?」
「はは、血でパトランプ気取っとんのかい!」

 再び動いた二人。
 刃螺破裸パラパラは片手になっても衰えないどころか、どんどん速さを増していく。

「はあっ、はぁっ……」

 空気の刃だけなら、まだなんとかなる。
 だが、炎の小鳥がやっかいだ。
 ポコトットは、避けるのに精いっぱいであった。

「踊るの下手やなぁ! ギャルになったらウチがレッスンしたるのに!」
「お腹冷えそうなんで、嫌です」

 裂けていく服と肌。

「意地はっとると、腹どころかになるで!」

 いつしかポコトットの肌は、布よりも血に覆われている面積のほうが大きくなっていた。

「はぁっ……はぁっ!」
「わるいけど、ドロワーズも剥ぐで!」

 べちゃり、血に濡れた布が落ちる。

「はぁ……はぁ……どうしたんです? あなたはまだ息あがってないでしょう…………?」

 疲労で足が止まったポコトットに合わせるかのように、麗火が手を止めたのだ。

「そういうことか……」
「どういうことです?」
「ポコトットちゃんが乙女能力ガーリースキルを使えせんのは、そういうことやったんやな…………」
「どういうことです?」

 残っているのは靴と短い靴下だけ。
 肌のほとんどを露わにしたポコトットを見る麗火の目は、とても哀しそう。

「よう、がんばったな。いや、がんばっとると言ったほうがええか」
「同情ですか?」
「いや、煙草が吸いたかったんや」

 麗火が咥えた煙草に、炎の小鳥が翼で火をつけた。

「パー〇メントですか」
「せや。ギャルっぽいやろ」
「すみません、わかりません」
「吸うか?」
「今の時代に喫煙者になる度胸はありません」
「そうか」

 二人の間の煙に、朝の光が映る。

「次の一撃で、決めます」
「ポコトットちゃんに勝ち目はないで!」

 麗火は、爪で直接ポコトットの喉を狙う。

「…………」
「…………」

 すれ違い、背を向けあったまま止まった二人。

「ごほっ……なんでやねん」

 血を吐いたのは、麗火である。

「ロリィタって布多くて重いから、脱ぐと速いんですよ」
「んなあほな」

 ドロン、こぼれ落ちた大腸。
 麗火はピンクのヒョウ柄のハート型のラグマットの上に、大の字で倒れた。

「あと、補足ですが、私元剣道部ですから」
「努力は裏切らない……ってか…………」
「ええ」
「ほんまかい…………それ……」
「努力に裏切られたなどという人は、努力に期待しすぎなんですよ」

 ポコトットは落ちた煙草を拾い、麗火に咥えさせ、吸い込んだのを確認して口から離す。

「ふぅ……適当なやつやな……あっつ! 腹熱っ!」
「どうします? 救急車呼びますか? 逮捕もされますけど」

 乙女能力ガーリースキル持ちの麗火は――――――――すぐには、死ねない。

「あほぬかせ……ウチは……薬バラまいて…………さんざん女の子不幸にしてきた外道や。公共の世話…………なんてなれるかいな……」
「この近く、民間の病院しかないですけど」
「そういう意味じゃないわ……げほっ……げほっ。ああ……めっちゃ痛いわ。闇医者呼ぶんは間にあわへんやろな……」
「闇医者は私が斬ります」
「修羅やなぁ……げほっ……げほっ。ああ、あかん。マジで死ぬわ。げほっ……げほっ」

 ラグマットが血を吸って、赤いヒョウ柄へと変わっていく。

「死ぬ気なら取引できないと思いますが、一応聞きますね。自分が可愛く見える薬ダムゼル・イン・ディストレス…………あれ、元締めはどこです?」
「教えられるわけないやろぉ……」
「でしょうね。じゃあ、なんであんな薬をバラまいたんです? それなら言えるでしょう。あなたの話ですから」
「みんな……可愛くなりたいんよ…………ううっ! げほっ! げぼっ!」

 仰向けのまま吐いた血が、麗火の口紅の色をわからなくした。

「それ本気で――」
「ああ……せや…………ウチはさ……げほっ、げほっ……ポコトットちゃんは……そのうち乙女能力ガーリースキル使えるようになる……思うで」

 それが、Osakaに悪名を轟かせた麗火の最期の言葉であった。
 
 ぽとり
 じゅっ……。

 ポコトットの手から落ちた煙草の火が、血の海で消える。

乙女能力ガーリースキル……か。あなたなんかに、使えるようになるって言われても嬉しくないですけどね」

 ポコトットは麗火の腸をつかみ、一か所だけ切断する。
 そして、刀を置いて――――。

「全裸で帰るわけにもいかないんで、ギャル服借りますね」

 大腸、リボン結び。

 同じ夢カワイイを求めながら相容れない相手への、せめてもの手向け。 
 


OWARI🥺


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