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【#短編小説】ミステリー。姉

 姉が死んだ。

 あれは、どこか死に美を感じているようなところがあったので、まあ、驚くことではないのだろう。

「あなたはドライヤーのあてかたが下手すぎる」

 俺が思うに、姉は寿命であったと思う。
 肉体の病による死ではないため唐突なことのように思われるかもしれないが、そんなことはない。

 人は生きる上では精神を重んじる。
 それゆえに、だからこそ、人間は精神にも寿命があるという事実から目をそらし続けている。
(心を起点とする余命の測り方を知っているにも関わらず黙り続けている学者たちは、いったいどんな気持ちなのだろう)

 姉のスマートフォン。
 パスワードの解除を試みる。

「簡単さ」

 どうせパスワードは俺の好きな歌と、姉の誕生日である41を組み合わせたものであろうから。

「正解ですよ、流石は私の弟です」

 姉のSNSはポジティブな言葉であふれかえっていた。

「     😢」
「   😡」
「         🥲」  

 俺ですら思いつく程度の、浅い皮肉も含まれている。

「     😢」
「   😡」
「         🥲」  

 スマートフォンの電源を落とした俺は、姉との会話を思い返す。
(もちろん生前の(デジタルではない)会話だ)

「そんなにずっとスマホ見てたら、おかしくなるよ」
「大丈夫、心配しないで我が弟よ。私は、人の見えるところに自分の不調について書かないようにしているから。もちろん、まあ、たまには書くわよ。つまりはできるだけ。できるだけなのよ。だってほら、私が毎度不調を発表するとなれば、最低でも週に四、五回は不調を訴えることになるであろうから」

 俺はこのあと姉になんと返したか、はっきりとは覚えていない。たしか、俺はSNSには興味がないだとか…………SNSを見ている暇があったら経済の本が読みたいだとか…………独りよがりで的外れの言葉を返したはずだ。

「自ら命を断つ覚悟さえできていれば、なんとかやっていけるものです。ただ、勘違いしてはいけません。これは死を容認する思想ではない。抗い続けるための、目をそらさぬための覚悟なのです。さあ、祈りましょう。嗚呼、救いを」

 姉の葬式では神に祈る時間があり、俺はそれが酷く不快であった。

 神は人間に――――全生物の中で、最も、恐怖を感じられる生物になりたまへ――――という特権を与え、不安解決という名誉ある課題を与えた。
(だが、姉にとっては、人間であるということは罰のようなものであった)

 嗚呼、なんてことだ!
 姉はやはり死んでしまったのだ!

「甘いお菓子には美味しいというだけでなく、可愛いという魅力があるのではないだろうか。つまりは私にロリィタ服を着る資格などないのである。時計の針を止めろ」

 姉はよく、自身の不純性を嘆いていた。
 その嘆きの大半は容姿に由来するものであったため、俺は「俺の姉は、ただ、この世からすると場違いなだけなのだ」と、度々思ったものである。

 中学の頃だったか、高校の頃だったか。
 姉は自分の中にもう一つの自分があると言い、細胞レベルで肉体の奪い合いが起きるという日記を書いていた。
 それが、小説なり漫画なり、或いは詩なりを書くためのメモなのか、本気の話であるのかを第三者に証明する方法はない。
 だが、俺は、後者だと思う。

「姉は先に生まれたからこそ姉たり得る、時計の針は止まらない」
「人の痛みを知っている人間は、誰かを傷つけてしまったかもしれない可能性にいつまでも怯え続ける。時計の針は動く」

 SNSへの最後の投稿は「バイバイ」であった。
 これだけは間違いなく、姉の筆跡である。

 どうでもいいことであるが、俺は明日二十四歳になる。
 姉がいない、はじめての誕生日だ。

 さて、ここで皆様方に相談がある。

 私に姉はいないのだが、どうしたらよいのだろうか?

おわり


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