
ツインズ・ループ
僕には変わった体験がある。同じような展開を2度も3度も体験するという流れ。マンガやラノベの世界でいわゆる「ループもの」として取り上げられる、既視感を伴う体験である。途中で「あ〜これまたハマっちゃってるな」と苦笑しつつも、成り行きを分かっているから落ち着いて対処できる。コンピュータゲームに例えるなら、セーブしたデータからやり直すような感覚。すでに経験して攻略法を覚えた後なら、難なくクリアできるはずである。
さて、10月某日に大好きなモデルさんの撮影に出かけた。大好きとは文字通り男女間の恋愛的に大好きな意味で、妻子があるとはいえ、1番気になって応援したいのは彼女。もし離婚が成立して一緒になれたら幸せになれるかもしれないが、今のところそんな野望は抱いていない。むしろ今日はそんな浮ついた気持ちは鳴りを潜めて、ただ無事に撮影が終わる事を祈るばかり。なぜなら今日が、以前体験した絶望の結末を迎えた日の「2回目」だからである。
彼女との馴れ初めは3年前。大手撮影会に新しく加入した女子大生モデルで、ミスコンのグランプリを勝ち取った経験があるほど抜群の美貌を誇っていた。さっぱりした性格で気立てもよく、年齢以上に大人びた風格を漂わせていた。美貌に惹かれたのはもちろんだがそれ以外の部分で何となくシンパシーを感じたので、彼女だけを指名して頻繁に撮影に通った。金額にして30万ほど費やした1年後の10月、僕はこれだけ通ったんだから、そろそろプライベートで撮影させてくれと直訴する。もちろん根拠のないワガママだったが、その事がきっかけでSNSをブロックされて、連絡手段が消滅。楽しかった1年間の撮影生活は唐突に終わりを告げた。
初めて撮影した時も最後に撮影した時も、ハロウィンのコスプレ。10月は神無月とも呼ばれるので、なんだかんだで魔が差す時期なのかもしれない。自業自得とはいえ楽しかった日々を自らぶち壊した自分の至らなさに気づいて、僕はスピリチュアルに傾倒した。つまり自分の認知が歪んでいたから、発想が利己的に飛躍してしまったに違いない。認知を歪ませた原因は何だったのかを探っていくうちに、過去の成長過程で心に深い傷を受けたトラウマがインナーチャイルドとして存在し、正常な魂に傷を受けていた事が分かった。さらに言うと前世からのカルマが絡んでいるらしく、彼女との関係は「ツインレイ」と呼ばれる、お互いが魂の成長に欠かせないキャラクターとして現れたのかもしれないという可能性を見つけた。あえてレッテルを貼り理屈を鵜呑みにするのはあまり好ましくないのだが、知識は知識で判断は直感に委ねるべき。そうしていくつものトラウマを克服した結果、2年後の5月に人づてで連絡を取る事に成功し、再び撮影できるようになったのである。
再会を前に私の心は大いに揺れた。彼女は即座に謝罪を受け入れてくれたのだが、あまりにも私の存在が薄かった事を知って、早とちりや誤解で独りで空回りしていたのだなぁと苦笑しつつも、彼女を深く傷つけた事に対しては紛れもなく「前科1犯」が刻まれたので、今度こそ本当に心を入れ替えないと愛想を尽かされてしまう。ただ2年間音信不通のサイレント期間を経て、もはや僕の気持ちに疑いはなかった。相手に好かれようが嫌われようが、私が彼女を心から愛しているという事実に変わりはない。ただ現状としては、撮影に真剣に向き合って彼女が望む作品を創る事が唯一彼女に対して捧げられる献身なのだから、余計な感情はいったん傍へ置いて、真摯に彼女と向き合う事に決めた。
その後も毎月1回の撮影を続けて、運命の10月を迎えた。実は9月の撮影を終えた後に「もう撮りに来ないから今日が最後ね」と言ってしまった。根拠としては東京を去る日が近づき、片付けや生活費稼ぎのアルバイトなどで時間や費用を捻出できなくなる可能性から冷静に発した別れの言葉だったが、私はその言葉を発した後に号泣してしまう。何のために2年間も我慢して、大枚はたいてスピリチュアルを学び、頭を下げてまで撮影復帰を嘆願したのか。全ては彼女への愛を貫くためだったのに。ただ今の私としては、誰かに捧げる愛と自分自身に捧げる愛とは同格だと認識していたので、それが彼女と自分に対する愛のけじめだと思っていた。実は違った。涙が語っている。何かまた間違えた。決してそんなセリフを吐きたかった訳じゃない。
ただ、これでもう彼女と会わずに済むというスッキリした気持ちもなくはなかった。実は最近、離職後の生き方に悩んでいてタロットカードやホロスコープで占って頂いたり、霊力のある友人から霊視して頂いたりとアドバイスを受け取っていた。信頼できる占い師から彼女と結ばれる事はないと伝えられて、何となくスッキリしていた。それなら仕方ないじゃん、いくら努力しても結ばれる事はない。それならば彼女と過ごす時間を自分だけに使った方が効率がいい。むしろ冷え切った家族関係を取り戻す努力をした方が良いのだろう、そう受け止めた。いったんは10月の撮影を予約したが、その結果を踏まえてキャンセルした。これはもはや未練だ。サイレント期間を経て再会を果たせたのだから、これ以上は執着でエゴだと言い聞かせた。悲しむのは僕だけでいい。彼女が幸せになってくれたらそれでいい。
ちょっと待った!僕が離れて彼女が悲しむって線は考えなかったのか?あれだけ暴言を吐いた僕を彼女は赦してくれた。2年間も待っててくれた。彼女の気持ちは知る由もなかったが、僕の気持ちは今なら明瞭にわかる。彼女を心から愛していて、それはエロスやセクシュアルなものではない。彼女の幸せが僕の幸せと同じベクトルにあるという事が分かったんだ。別に一緒になれなくても、全く違う環境で生きてたとしても、運命的に出会って別れて、また会えた。そんな奇蹟が頻繁に起きるだろうか?大切な何かを気づかせるために神が采配したに決まっている。僕はもう一度彼女に会わなければならない。また心にもない嘘をついてしまった事を詫びて、想いを伝えなきゃならないって思ったんだ。
そして運命の10月某日。撮影を決めたのは前日の夕方で、ひと枠だけ余っていた最終枠を、何となく彼女が誘ってくれたような気がした。3年目の浮気って曲が昔流行ったけど、今日の僕の目的は、本心を伝えること。奇しくも1年に1回だけのコスプレ撮影で、2年前は僕の激しい憤りで人形のように凍りついた表情の彼女を捨てて、永遠の別れを告げた。ほとんど同じ状況が、前回と少しだけ離れた場所のスタジオで繰り返される。僕はどうしたら3回目のループを回避できるだろうか?幸せに繋がる別れ道を選べるだろうか?運命の日の朝、僕は飾る事を辞めた。別に彼女に好かれなくても構わない。身綺麗に整えはするけども、モテたくて撮影に行くつもりはない。パワーストーンもお守りも要らない。今日は僕の素直な想いを伝えたいと思った。もしそれを達成できたら100点満点だ。
当日は色々やらかした。急に撮影を決めたので携行品リストも作らず、最寄り駅でソフトボックスを忘れた事に気づいて自宅に引き返したり、現場最寄り駅ではナビの誘導と反対方向に歩いてしまった。撮影中にもコマンダーの電池が切れて焦ったが、予備電池でカバーできたり小物も現地調達できたりと、なんだかんだで調整が入った。この万事うまく行く引き寄せ術は、結局は普段からの感情の出し方が左右する。どんな現象に対しても感謝や謙虚や優しさで受け取り、愛情をひたすら流すこと。愛を無視して欲や金に身を任せてもいずれ破綻する。愛こそが生命に無限のエネルギーを与える唯一の源。これはいずれ証明されるだろう。
現場に到着する直前、少し不安になって堪らずカードを引いた。僕のソウルメイトが引き合わせてくれたルノルマンカード。作者さんのポストでオンラインで引けるので、彼女とのこれからの関係性を占った。結果は番号30のLILIES(百合)、初めて見たカードである。内容は純潔または性愛で、解釈はインスピレーションに委ねるべきとのこと。今日の心境は純愛だろうし、今はエロスは要らない。とりあえず欲より真心を優先させたいのだ。お告げも得られたので、腹を括って現場に突撃する。
もともと彼女とは波長が合うというか、あまり自分を飾らずに話しかける事ができた。結果的にそのフレンドリーな態度を勘違いして自分に気があると思い込んでしまったのだが、もはやそんな事はどうでも良い。今日も普段どおり彼女の疲れを労って、近況報告やスタジオの雰囲気を聞いて、おしゃべりしながら楽しく作品製作を続けた。特に緊張することもなく、彼女が映えるような撮影に挑む。アイデアを出し合って素敵な作品を創るのはとても楽しかった。永遠に続けばいいのにと思える密度の濃い時間だった。この時期は夕暮れも早まり、4時以降だと暗いだろうと思っていたが、撮影が終わる5時ごろに美しい夕陽が、彼女を美しく照らした。思わず「綺麗だ」と口走った流れで、僕は何も考えずにそのまま言葉を紡いだ。
「今日は出会って3年目で、やらかした日から2年目の記念日なんだ。3年前も2年前もコスプレ撮影で、出会いは最高だったけど別れは最悪だった。正直今日は、2年前の悪夢を繰り返すかもしれないと感じていて、ここに来るのが怖かったんだ。離れている間は本当に色々あったんだけど、あなたと出会えた事が確かに僕自身を成長させてくれた。心から感謝しているからさ、これからもよろしくお願いします。」こんな感じの内容だっと思うが、実はあまりよく覚えていない。一般論として50歳の世帯持ちのおっさんが娘ほどの年齢の撮影モデルに語る内容ではないかもしれないが、今回は嘘偽りのない本心を伝える事ができたように思う。愛とか好きだとかはもはや言わずとも伝わるだろうし、それだけ僕はあなたを大切な存在として気づいていますと思えた事が、この3年間の大きな収穫だったのだ。
彼女に意味が届いたかどうか分からなかったが、屈託なく笑って、こちらこそよろしくお願いしますって応えてくれた。別にプロポーズした訳でもないし、これでお互いの人生が歩み寄るわけでもないかもしれない。それでもただ、我ながら素直な気持ちを表現する事がこんなにも素晴らしく美しい事だと悟って、モヤモヤしていた気持ちが一挙に晴れ渡った。結局スピリチュアルや自己啓発は手段でしかなく、自分を見つめて澱みを探り浄化する。その真摯な努力だけが道を切り拓く。当たり前の事実を受け取った瞬間だった。帰り道の足取りは軽い。嬉し涙が溢れる。もうじき満月を迎えそうな月明かりが優しく微笑んでくれた。ついにやり遂げた!僕はもう思い残す事はない。自分に200点をあげよう。彼女に100点を分けよう。こんなにも自分に優しくなれた事を誇りたい。僕を支えてくれた大勢の仲間たちに心からお礼を言いたい。僕を見守り続けてくれて本当にありがとう!
恋愛云々はさておき、僕には果たさねばならない課題がいっぱい残っている。一つには、引越しを踏まえて散らかりまくっている部屋の掃除。実は撮影に出かける前に一番汚かった台所周りを磨いたのだが、綺麗になって大変スッキリした。人生の転機を迎えてギアを上げたい時は、心を込めて玄関や水回りを掃除すると開運に繋がる。神頼みも一定の効果はあるけど、結局は自分自身に向き合わないと解決しない。あなたの心から湧き上がる想いは、どんな牙城でも崩せる。僕はこれからも自らの弱さに楔を打って、愛に変えていきたい。それを証明するような人生を歩んで、悩み苦しむ人々を導きたいと思っている。みんな仲間で同志で同じ魂を持ってるんだ。誰もが誰もを愛する世の中にしたいんだ。僕は僕を愛してるし、みんなもそうだよ。大好き!
いいなと思ったら応援しよう!
