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連作SES営業短編 第六話 年齢制限

ロースキルエンジニアの賞味期限は30歳だ。
それを過ぎると参画案件は途端に決まらなくなる。
ロースキル案件は椅子取りゲームで、若くて体力のある奴が勝つ。
だからうちの会社では30歳を越えたエンジニアはなるべく離職するように仕向けている。

そいつは32歳のロースキル。賞味期限は切れていて消費期限もギリギリだ。
待機になって2ヶ月目。そろそろ肩を叩かなきゃならない。個室ブースに呼び出した。
お前クビな、とは言えない。労働局に目を付けられる訳にはいかないからな。
決定的なことは言わず自己都合退職に持って行く。何の自慢にもならない俺の特技。

そいつは粘った。自分がお荷物になっていることはわかっている。けれど、結婚を控えていて無職になる訳にはいかない。何でもやるから会社に残してくれ。それが奴の言い分。
「何でもやる」のであれば紹介出来る仕事がある。それは悪魔に魂を売り渡すにも等しい仕事だ。全くもってお勧めはできない。それでもやるか?
やります。と奴は言った。

そいつは営業に配置転換になった。季節は秋。
俺はいつも通り最低限のルールとマナーを教えて、後は一人でやってみろと放り出した。
物覚えも要領も悪かったが、そいつには後がなかった。年下の同僚に蔑まれても頭を下げた。1日で7件の会社を訪問した。必死に案件を掘り出しに行った。
11月の終わり頃、初成約を獲った。

そいつは規模の大きいアサイン先を見つけた。回線工事の調整業務。一気に10人程の稼働を決めた。
半分はうちの社員、半分は他社の社員。営業の取り分は社員の場合は利益の15%だから大したことないが、パートナーの場合は利益の半分がうちのルール。
奴は一気にインセンティブを手に入れた。

快進撃は続く。
回線工事の現場で別商流の会社がやらかした。セキュリティ事故らしい。チームごと契約が切られて、人員補填の要請がそいつに掛かる。他社からかき集めた6人の参画が決まった。
一気に担当を増やしたそいつは、ロースキル共が日々起こすしょうもないトラブルに追われることになったが、粘り強く対応した。

東京にその冬一番の寒気予報が出た日。寒風吹きすさぶ喫煙所でそいつは言った。
「営業に転換してもらって本当に感謝してます」
そうか。
「決めれば決めただけ金になるんで。すごくやりがいあります」
そうか。
「最近はエンジニアが金に見えてきましたよ」
危険な兆候。釘を刺そうと思ったが奴の携帯が震えて、俺は言いそびれた。

そいつはあまり担当エンジニアと会っていないようだった。愚痴や悪口を聞いてやり、定期的にガス抜きをしてやらないとロースキルのガキ共はすぐにとぶ。
何度か伝えたつもりだったが響かなかったようだ。そいつ担当の退職が増えた。
奴はあまり気に留めず、案件を決めることに徹しているようだった。
結婚が迫っていた。奴はただ稼ぎたかっただけだ。

冬が終わろうとしていた。
金曜の20時。急ぎの仕事のない営業達がだべってるだけの時間。
数人のエンジニアが会社が来た。奴に話があるという。個室に通す。
俺は同席しなかった。呼ばれてもいない。仕事を終えて先に帰った。だからこれは後で聞いた話だ。

エンジニア達は一斉離職を申し出たそうだ。原因は結婚を控えた敏腕営業。
上位会社への要望が通っていないとか、事前に聞いていた話と実際の業務が違うとか。理由は色々出たが、つまるところ奴=会社が信用できないって話だ。わかる。
社長が泡を食って介入したが、エンジニア達の意志は固かったそうだ。経営的には大打撃。

噂が広まるのは早い。奴の案件に社内のエンジニアは応じなくなった。
自社社員に触れなくなった奴は他社社員だけを動かすようになったが苦戦しているようだった。
まだ肌寒い喫煙所で奴と話した。

転職します、と奴は言った。
そうか、とだけ答えた。
「フリーランス専門のエージェントから内定を貰ってます」
そうか。
「転職出来るスキルをつけさせて貰ったことは本当に感謝してます」
そうか。
「本当はもう少しこの会社に恩返ししたかったですけどね」

春一番が吹いた日。奴は退職した。
奴がどうなるかはわからない。助けられる事もない。
今回は少し間違えたが、次は上手くやればいいと思う。
喫煙所から見えた小さな背中が雑踏に消えた。


おまけの用語解説
年齢制限:
過去には35歳定年説も囁かれたIT界隈。
2023年現在流石に35歳って事はないけれど、未だに加齢による市場価値の低下、つまり年齢制限は存在する。
しかも誰も明確で論理的な理由は説明出来ない。
あくまで可能性として
・年功制給与制度
・体力/能力/意欲の低下
・管理難度の上昇
とかが考えられるんだけど、要は【おっさん(おばさん)と働くのがなんか嫌だ。つーかきもい】ってだけな気がしてる。だから論理的な説明は誰も出来ない。
ともかく現実的に加齢による市場価値の低下は起き得るんで、対策は打った方が良いよ。

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