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連作SES営業短編 第十三話 ブローカー

SES営業の中には他社社員の参画案件を決めて手数料を稼ぐ専門の奴らがいる。結構いる。
ブローカーだ。

SES営業の交流会ってのがあって秋葉原に出向いた。
7月に入って夏はもう始まっている。
貸会議室に100人以上のSES営業が寿司詰めになって名刺交換千本ノックをするイベントだ。
集まるのは同じ穴のムジナばかり。
悪い奴らが取り繕って並んでやがる。ここには奴隷商人しかいない。

そいつは白髪交じりの気弱そうなおっさんで、俺に名刺交換を持ち掛けた。
応じて型通りの挨拶をこなす。
奴は言う。
「入社してまだ2ヶ月の新人で、ご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」
どうせすぐに淘汰されるだろう哀れなオールドルーキー。

数日後、そいつは挨拶って名目でうちに来社した。
「弊社は社員20名の会社で、営業は5名で行っています」
エンジニアに対して営業が多い。ブローカーの特徴だ。
「代表は現役のエンジニアで」
営業を軽視していて、かつ市場の動向に疎い可能性が高い。
「私の役割はパートナー営業です」
終わってる。

「注力している1社下正社員がこちらです」
スキルシートのフォーマットには見覚えがあった。少し前に面談をした偽装の会社だ。
単価45万の微経験に15万乗せれば60万の経験者が出来上がる。なんてすばらしい錬金術。
おっさんは知らされていない。
つまりこいつは嘘がばれた時のトカゲの尻尾って訳だ。

おっさんの前職はカラオケ屋の店長で、店が潰れて路頭に迷っていたところを昔馴染の社長に拾われたとのことだった。
感謝してる。成果を出して恩返しがしたい。
おっさんは涙目でそう言った。
俺はいいように使われてるだけだと思ったが口にはしなかった。
次にそいつに会ったのは3ヶ月後だった。

テスト案件の面談が終わって担当者と雑談になった。
担当者は言う。
相変わらず経歴偽装が多くて困る。最近もあった。この後、偽装エンジニアを出してきた営業を呼び出してる。出禁にするつもりだ。
「大変っすねー。ちなみになんて会社ですか?」
出てきた会社名と担当者はあのおっさんのものだった。

ビルの出口から中年が出て来るのを俺は待っていた。
SES営業なんか何のスキルも市場価値もつかないし、俺だっていつ仕事がなくなるかはわからない。
同じように何も持たず放り出され転落していくそいつに自分を重ねていたのかも知れない。
買っておいた缶コーヒーが冷めた頃、おっさんが出て来た。

この世の終わりみたいな顔したそいつに声を掛けてベンチに腰掛けた。コーヒーを渡してやる。
「どこから間違ってたんですかね」
あんたに与えられたミッションは最初から無理ゲーで。あんたの本当の役割はスケープゴートだった。やらせたのはあんたが恩義を感じてる社長だ。
今度ははっきりと伝えた。

居酒屋に河岸を変えた。
業界の話をし、搾取構造の話をし、趣味の話やプライベートの話をした。
これからの話はしなかった。
それは奴が家族と相談して決めることで俺の出る幕じゃない。俺は情報を与えただけだ。
それからおっさんと連絡を取ることはなかった。

冬が始まって、終わる。陽気の良い日が増え始めた頃。
その日は午後に面接が入っていた。今日はエンジニアじゃなく営業。
履歴書と職務経歴書を確認して、これから同僚になる中年の待つブースに入った。

おまけの用語解説
パートナー営業:

SES営業の中には自社社員がいなくて、もしくは触らせてもらえなくて他社社員やフリーランスの売り込みを課されている営業が一定数いる。
2008年頃にSIer各社は偽装請負疑惑で国から目を付けられ、徹底的に叩かれた。その結果、再委託を制限するようになる。
派遣契約を必ず用いる事。又はリーダー込みの体制参画である事。どちらかが求められる。
だから自社社員じゃないエンジニアを単品派遣させる事は非常に難しくなっているんだけど15年以上経った今も尚、それを理解していない経営者は多い。

パートナー営業をメインで課されている奴はほとんどの場合、1年も持たずに辞める。
そいつが退職するのは、そいつが無能だからじゃない。
お前が無能だからだ。

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