連作SES営業短編　第七話　経歴不問

底辺SESは学歴も職歴も不問だ。
ニートだろうが中卒だろうが問題ない。ひきこもりが職を探してるんなら俺のとこに来ればいい。
当然搾取はさせてもらうけど。

その夏は記録的猛暑が続いた。
火曜の昼下がり。待機者が居ないこともあって、社内の空気は弛んでた。
携帯が鳴る。上位会社の営業から。
俺の担当エンジニアが無断欠勤していることが告げられて優雅な午後のひと時は終わった。

いつも通り各所に確認を入れ、家にも向かったがそいつは捕まらなかった。なにしろ暑い。諦めて帰りたかったが、入館証と貸与PCも一緒に行方不明だ。
途方に暮れかけたところで携帯が震えた。

警察署内は冷房が余り効いていなかった。
そいつは大柄な体をすくめてパイプ椅子に座っていた。
酔って喧嘩してパクられてやがった。ひとりで3人をのしたそうだ。
身元引き受けの手続きを済ませてくそ暑い路上に開放された。

そいつは川崎出身の元ヤンで地元のグループでは頭を張っていたと聞いたことがある。
奴は力無く謝った。
俺は元ヤンの胸ぐらを掴んだ。殴り合いになったら絶対負ける、とは思ったが言った。
「お前は会社の看板背負ってんだ。考えて行動しろ」

「すみませんでした。責任取って辞めます」
アホか。
「お前が辞めても何の得にもならない。しっかり働いて俺に搾取され続けろ」
今回のことは客には言わなきゃバレやしない。
奴はもう一度頭を下げた。

そいつは約束通り俺に搾取され続けた。義理堅い奴。
現場からの評価も上々。夏が過ぎて短い秋が終わる頃に現場は終了になったが、真面目なそいつを上位会社は離さなかった。スライドで別案件に決まった。
季節は巡る。

次の年は冷夏。どんより曇りの日が続いた。
俺はその事件をテレビのニュースで観た。
川崎でカップルが襲われた。男は意識不明の重体。女は性暴力の被害に遭った。犯人グループは逃走中。
遠い世界の話だと思っていた。

元ヤンからの電話は喫煙所で受けた。
「急で申し訳ありません。退職させて下さい」
退職の申し出は珍しいことじゃないが、奴には兆候はなかった。何かがおかしい。
どうした? とりあえず会って話をしよう。
「本当にお世話になりました」
一方的に電話は切られた。

翌日、退職届と貸与物が郵送で届いた。嫌な予感がする。
俺は奴を探したが見つけることは出来なかった。
8月なのに半袖では肌寒い日。奴の地元で同級生だという男から話を聞けた。

事件の被害者の男は奴の後輩で、女は元カノだという。犯人はおそらく敵対しているグループ。奴は報復する。もう既に報復は終わっているかも知れない。だから探しても無駄だ。
そう言われた。

奴がどうなったか、犯人がどうなったか、俺は知らない。
しがらみに絡みとられたそいつを馬鹿にする気にはなれなかった。
俺は道徳的な人間じゃないし、奴は充分俺の利鞘に貢献した。復讐が果たされればいい。そう願った。

おまけの用語解説
経歴不問：
　
転職サイトから「未経験OK」「学歴不問」のITエンジニア職を検索するとずらっとSES企業が並ぶ。
奴らが訴求するのは年間休日や残業の少なさ、未経験から手に職をつけられるしその為の研修が手厚い事。そしてキラキライメージ。
近年はそこに還元率なんかも加わる。
そうやって奴らは獲物を待ち構えている。
経歴が不問なのは価値を出して任務を果たす必要がないから。その為の能力も教育も投資も不要だ。
稼働さえすれば後はクレームが来ない程度にやり過ごせば良い。
だからあてがわれるのはそういう仕事になる。

ちなみにITで手に職がつけられるってのは明確に嘘だ。
IT技術は本来的に汎用性が高い。各言語やフレームワークは公式のドキュメントを公開しているし、適切に調べることが出来れば誰にでも扱える道具だ(適切に調べることが出来ない人間が多いから専門職であるとも言えるけど)。
だから食っていける技能ってのにはIT技術にプラスした何かの専門性が必要になるし、それにだって賞味期限は発生する。
何かを覚えればそれだけで一生食っていけるなんてITにおいては幻想でしかない。