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連作SES営業短編 第一話 ロースキルSES営業

担当エンジニアがとんだ。
「現場に来てないらしいんですよ。困りますよ」
話が「らしい」なのは上位会社の社員が現場にいないからだ。
「すぐに家に向かいます」
そう言って通話を切った。
ブローカー相手だろうが迅速に対応すると思われる事は悪いことじゃない。

そいつは地方の専門学校から新卒採用した社員だった。
うちみたいな搾取型SESは悪評が広まり過ぎて首都圏での採用は壊滅的。
だから地方のガキを騙す方向にシフトした。
君も東京のITでキラキラしようぜ。
採用担当は今日もばっちりメイクとTikTokに余念がない。

グーグルマップで調べた自宅は小田急線和泉多摩川駅から徒歩10分のところにあった。
多摩川沿いの道は遮るものが何もなく、真夏の陽射しがじりじり肌を焼く。
ギリギリ東京のこの街で、奴はどんな気持ちで現場からとんだのか。そんなことはどうだっていい。

自宅にそいつはいなかった。
アパートが見える喫茶店は冷房が効いていて生き返る。
俺はアイスコーヒーを3杯注文し、その間に携帯で面談を2件調整した。

奴が現れたのは陽が沈みかけた頃だった。よれよれのシャツに青白い顔。
俺が声を掛けると奴の顔は幽霊を見たようにひきつり、泣き顔になり、その後媚びるような薄ら笑いになった。
こいつはもうダメだ。そう思った。

「すいませんでした」
俺に謝られても困る。
「ぼく、クビですかね」
それは俺が決めることじゃない。
「地元に帰っても居場所ないんですよ」
俺は知らない。知るつもりし、知ったことでもない。
お前の居場所はここにもなくなった、とは言わなかった。

粗利の15%が俺の取り分だ。奴の分は3万円。取り返さねーと。
帰り道、そんなことを思った。
陽が落ちても多摩川沿いの道はじめじめ暑くて、奴の名前はもう忘れた。


おまけの用語解説
ブローカー:
SES業界においては案件またはヒトを右から左に受け流すだけの人または会社。手配師。上品な言い方をすればエージェント。
自社社員の営業を任せて貰えずにこれを課されているSES営業も多い。
賀来賢人と八木莉可子は俳優として大事な時期なんでマネジメント会社はちゃんと仕事選んであげて欲しい。

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